583+

[説明・注意書き]
・中3、付き合ってる設定。
・名無しモブ後輩がちょっとだけ出てきます。

※R15程度の描写あり。
※日鳳ですが日吉くんの受け身感が強めです(キスや愛撫の方向がほぼ 受→攻)。

creamer


 林間学校の夜に喉が渇き、ホテルの自動販売機コーナーに行ったら偶然友人と居合わせた。眠たそうな顔でペットボトルの麦茶を飲んでいた鳳は、俺の姿を見るなりパッと表情を明らめて「日吉くんっ!」と声を張った。——四年前、小学校五年生の頃の記憶だ。

「日吉くんも飲みもの買いにきたの?」
「それ以外にないだろ、ここに来る理由なんて」
「あはは、そうだね。でも嬉しいな、林間学校中に日吉くんと話せると思ってなかったから……」

 まだ年齢相応に小さかった鳳は言葉どおり嬉しそうにニコニコ笑い、小銭を握る俺の横にくっついてきた。

「日吉くん、どれ買うの?」
「……」

 本当は水を買うつもりだった——のに機械に小銭を投入した直後、俺の指は缶コーヒーの購入ボタンを押していた。ガコンと音をたてて落ちてきたそれを取り出すと、鳳は隣で「わっ」と驚きの声を上げた。

「日吉くん、コーヒー飲めるんだ? すごいね、おとなの人みたいでカッコいい」
「そうか? べつに普通だろ」
「えー……ボクお父さんのをちょっとだけもらったことあるけど、苦くて全然ダメだったよ」

 コーヒーが飲めたってべつに偉くもすごくもカッコよくもないのに、鳳はこっちが不安になるくらい無邪気に目をきらきらさせて俺を見た。あいつのそういう反応が容易に予想できたからこそ、あのときの俺は飲んだこともない缶コーヒーなんてものを買ってしまったのだ。

 十歳の舌に無糖のコーヒーはもちろん苦すぎて、俺は見栄を張ったことを強く後悔した。たった一口で眉間に力が入り、冷静なフリはあっけなく破綻した。

「……日吉くん、もしかしてムリしてる?」

 と、人を疑うことを知らない鳳にさえ一瞬で見抜かれたくらい露骨に。

「ムリなんてしてない」
「えっ……でも顔がつらそうだよ? ガマンするの、絶対よくないよ」
「ガマンもしてない!」

 俺はムキになって缶コーヒーを一気に飲み干した。そして空き缶をゴミ箱に捨てたあと、隣を見て面食らった。不安そうな顔で俺を覗き込む鳳の目が、それなのに喜びらしき光も宿していたからだ。

「……日吉くん」
「なんだよ」
「……」

 鳳は俺の顔を見つめたまま相好を崩し、やたらめったら幸福そうに目を細めて半ズボンのポケットを探り始めた。やがて鳳の片手に掴まれた俺の手のひらに、淡いクリーム色の小袋が乗った。

「なんだ、これ」
「ミルクキャンディだって。さっき同じ部屋の子にもらったんだけど、日吉くんにあげる」
「……」
「それじゃ、ボク部屋に戻るね」

 鳳は笑顔で去っていった。俺はその足音が聞こえなくなってから飴の袋を破り、中身を口に放り込んだ。歯が溶けそうなほど甘いミルクキャンディの味は、コーヒーで苦くなった俺のすみずみまで行き渡って体ごと中和していくみたいだった。

   ***   

 あれから四年。中学三年生だって世間的にはまだ子供だが、コーヒーくらいは普通に飲めるようになった。

「……あのぉ、俺ずっと気になってたんですけど。部長と副部長ってなんで仲いいんですか?」

 本来なら休息日である水曜の、放課後の部室の片隅で。一年生の口から発せられた問いかけに、事務作業をしていた俺と鳳はどちらからともなく顔を見合わせた。短い沈黙のあと、先に口を開いたのは鳳のほうだった。

「なんでって言われても……。友達になるのって、必ずしも理由らしい理由があるわけじゃないだろ」
「それはそうですけど。にしてもタイプが違いすぎません? ほら、飲んでるものだって……」

 と言って、一年生は俺たちの手元を指さした。さっき下の自販機で買ってきた缶入りのドリンクを。

「日吉さんはブラックコーヒーだけど、鳳さんは『特濃カラメルミルクセーキ』だし。いかにも両極端って感じですよ」
「や、これはたまたま甘いものが欲しい気分だったから……。俺だってコーヒー飲むこともあるし、日吉も甘いの嫌いじゃないよ?」

 ねぇ、と話を振られたので俺も頷かざるをえなかった。嫌いじゃないとはいえ「特濃カラメルミルクセーキ」までは飲む気がしないが、“仲良くなった理由”とやらを掘り下げられても困るのだ。

「俺たちの仲が良かろうが悪かろうが、部活には関係ないだろ。部室は雑談スペースじゃないんだから、オフの日くらいさっさと帰れ」

 この一年生はなぜか妙に俺たちに懐いているらしく、普段の練習の後も部室の掃除だとか書類整理の手伝いだとか理由をつけて居残っていることが多い。軽く凄んでやった俺にも、「はぁい」と腑抜けた返事をよこすだけだった(これで肝心のテニスの腕が学年一だからタチが悪い)。

「でもこれは部員としての質問じゃなくて、ただの後輩としての興味なんで」
「どっちだって同じだ。お前には関係ない」
「え~。部長、あいかわらずつれないなぁ」

 ぶつくさと文句を垂れながら荷物をまとめ始めた一年生に、鳳が「ごめんね。日吉、今日ちょっと機嫌がよくないみたいで……」と不愉快なフォローを入れる。

「まぁ、機嫌がいいことのほうが珍しいけどな」
「あれ、そうですか? 副部長と一緒にいるときの日吉さんはいつもなんとなく上機嫌だよねって、結構みんな言ってますけど」
「え」
「じゃ、お先に失礼しまーす」

 一年生はドアの向こうに消え、俺の胸からは疲労のため息がひとつ出ていった。大量の書類ケースを棚に収め終えた鳳がソファに戻ってきて、「日吉、俺と一緒のときは上機嫌なんだ?」と小憎らしい笑顔を見せる。

「あいつの勘違いだろ」
「でも『結構みんな言ってる』って言ってたよ?」
「……あいつ、一年のくせにふてぶてしいよな」
「え、そうかな。一年の頃の日吉ほどじゃないと思うけど」
「……」

 何を言っても藪蛇だ。俺は黙ってPC作業に専念することにした。自分の仕事を終えた鳳は俺の隣に腰を下ろし、横からノートパソコンの画面を覗き込んできた。

「これ、なにか俺に手伝えることってある?」
「ない」
「そっか。じゃあ終わるまで待ってるな」

 例の「特濃」を飲みながら教科書を読む鳳の横で作業をすること十数分。OSをシャットダウンしてノートパソコンを閉じると、隣で鳳もパタンと教科書を閉じた。

「日吉、終わった?」
「ああ。とりあえず今日の分は」
「よかった。おつかれさま」

 窓の外は明るく、下校時刻まではまだ余裕があった。図書館にでも寄って帰るかと考えたところで、ふいに手を握られる。

「……ね。日吉はなんで俺と友達になってくれたの?」

 握られた手が宙に浮き、鳳のほうに引き寄せられる。俺の手は鳳の手の中で撫でられたり押されたり指を一本ずつ握られたり、さながら幼い子供に好き放題されるおもちゃにでもなったようだった。俺の手の皮膚を舐めるような指遣いも、その軌道を追うまなざしも、子供のそれにしては熱がこもりすぎていたけれど。

「さっき自分で言ってたじゃねーか。特に理由らしい理由があったわけじゃない」
「たしかに言ったけど……。半分は建前だよ?」
「……つーか、先にまとわりついてきたのはお前のほうだろ。俺だって無視するわけにもいかないから付き合ってやって、要するに腐れ縁ってヤツだ」
「ふーん……」

 あの一年生の疑問ももっともだ。昔も今も常に人の輪の中にいる鳳が何を思って無愛想な俺にひっついてきているのか、不可解に思うのは俺のほうなのだ。俺を輪の中に誘うわけでもなく、一人でそこから出てきて二人になろうとする。友達ならいくらでも選べるのにわざわざ俺だけを——という事実はいつしか、幼かった俺をうぬぼれというものの甘味で飼い馴らしてしまった。

「でもさ」

 肩をつかまれ、耳のすぐ近くで声がした。耳元に寄せられた鳳の唇から、鼓膜をくすぐるような声が届く。

「腐れ縁だけじゃ彼氏にはなってくれないよ。ね?」

 返事をするより早く横髪を掻き上げられ、耳のふちに吸いつかれて脳がジンと痺れた。鳳は俺の片手を握ったまま、ちゅ、ちゅっ、と弱い水音をたてながら俺の耳や頬や額のあちこちにキスを落として回った。傾いてきた鳳の上体に倒されて、俺の背はソファの座面に沈み込む。

「……おい、ここ部室だぞ」
「日吉だって、先週ここで同じことやったじゃん」

 俺はグッと言葉に詰まった。——鳳の言ったことが百パーセント完全に正論だったので。

「あのとき俺、誰か来ちゃったらどうしようってドキドキしてしょうがなかったんだから……。今度はこっちから反撃、してもいいよな?」

 仮にダメだと答えたところで、自分よりずっと大きい体にのしかかられたら逃げる余地なんてない。俺は密着した鳳の体に全身を押さえつけられながら、耳の薄い皮膚を唇で押されたり食まれたり舐められたりする刺激にじっと耐えた——つもりだったけれど次第に息が深くなり、熱をもった体は意思を無視してぎこちなく身じろぎ始めた。絶えず降りしきる甘い刺激の雨から逃げるために。

「日吉、耳も顔も真っ赤だ」

 ——だけど雨は雨だ。逃れようもない。湿った唇は耳元の一帯を丹念に辿ると次は顎へ下り、続いて首筋に流れてきた。そっと撫ぜる程度の弱い刺激なのに、耳や首に通っている神経がそれらを余さずに拾い上げるせいで俺の身はいちいち痙攣した。耳や首や体の高いところから始まった痙攣は徐々に重心を下げていき、鎖骨やみぞおちを通って下腹に達した。

 うなじをちゅっと吸われて、へその下がビクリと跳ねる。甘い痛みが体の中心を突き上げる。

「っ、う……」
「日吉、反応かわいい……。体のいろんなとこ、いっぱいビクビクしてる」
「……っるせえ。かわいいとか、絶対ない!」
「そんなことない。かわいいよ」

 いつのまにか鳳の右手は俺のシャツの第二ボタンまでを外し、左手はズボンの上から腿を撫で回っていた。ぬるい舌が鎖骨から喉元までを這い、腿をすべる手はじわじわと位置を上げていく。ひとつひとつの快感が着実に体をほてらせるせいで、俺は喉から漏れてしまいそうになる声を必死で殺さなければならなかった。

「……ね、ちょっとくらいなら声出しても外には聞こえないよ? って、日吉も先週同じこと言ってたし」

 五本の指の先端が、とっくに勃起していた性器を布越しにふわりと撫でていく。甘い電撃が背筋を駆け上がる。「ぁ」みたいな「ぅ」みたいな、あいまいでなさけない声が出てしまう。

「ほら。日吉、ムリして声止めてるだろ」
「……ムリとか、してないっ……」
「え~、うそだぁ。絶対ガマンしてるよ」
「ガマンもしてない!」

 ムキになって反論した俺の大声を嗤うみたいに、鳳のデカい手は俺の下腹の熱を無遠慮にもてあそび続けた。付け根のあたりを揉まれれば腰が跳ね、先端を指先で掻かれると背中が反って、そのたびにソファが鈍く軋む。無理やり声を抑えているせいで、吐く息ばかりが不自然に強く速くなってしまう。

「日吉、あいかわらずいじっぱりだ」
「べつに、意地とかじゃねえ……」
「日吉が俺の前でムキになったりカッコつけたりしてくれるの、俺は昔からずっと好きだけどね」

 鳳はまた俺の耳に唇をくっつけて喋った。生クリームみたいにあまったるい声が耳の穴から体の中にどっと注がれて、混ざって、全然甘くないはずの俺の中身まで甘口に変えられていくみたいだった。

「……いつも強くて男らしい部長がこんなにふにゃふにゃになっちゃうの、後輩たちはきっと想像もできないよ。日吉はホントはすっごくかわいい人なんだぞ、ってみんなに見せびらかしてやりたい気もするけど……でもやっぱり、俺だけのひとりじめにしてたいな」

 声と同じくらいあまったるい言葉のあと、今度は唇に吸いつかれる。さっき耳や首に散っていた神経が、瞬時に唇に集まっていく。俺の唇を端から端まで少しずつ甘噛みするように、やわらかく短いくちづけがいくつも落ちてくる。

「……日吉、コーヒーの味する」

 鳳はあのときと同じ——見栄を張って苦い缶コーヒーを飲み干した十歳の俺の前で見せたのと同じ、過剰なくらい幸福げな笑顔で呟いた。

「……」

 今度は俺から腕を伸ばし、ふわふわした髪の中に手をいれて鳳の頭を引き寄せた。唇を重ねて舌を出すと、すぐに前歯が開いて奥へ誘われる。熱い粘膜の中で絡め合った舌先から、なめらかなミルクの甘さが伝わってくる。

「ん、っ……」

 暖かな白色で俺の中に流れ込み溶けていく、優しい心地。俺自身の中からは絶対に生まれえない味。

 この甘さこそが“仲良くなった理由”だとか、後輩なんかには教えられない。

[23.09.15]


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