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2024年2月11日放送のラジプリファンレターボックスを聴いて妄想した話です。
中2の2月(誕生日&バレンタインネタ)、付き合ってる設定、日吉くん視点。
宍戸さんがちょっとだけ出てきます。

恋は理不尽


 五時半に起床、二十二時半に就寝。小学生の頃から守っている生活リズムは、よほどのことがない限り毎日変わらない。——よほどのことがない限り、だ。

 暖房をつけていても二月の夜は寒かった。静けさの中、窓の外に降り積もる粉雪の音がかすかに耳に届いていた。照明を落とした部屋のすみの文机の上で、ノートパソコンに表示させたデジタル時計は〈23:59:30〉の文字を映し、新しい日付が目前まで迫っていることを告げていた。

 スマホの画面に目を落とす。メッセージアプリの送信フォームに打ち込んだ文章は、推敲を重ねすぎたせいでもう客観的に意味を取ることができない。たった数行の、われながらそっけない文面だけど——助詞を削ったり足したり表現に凝ってみたり、凝ったせいで鼻につく言い回しになってしまった部分を再び修正したり……そんなふうに右往左往して、軽く一時間は費やしただろうか。

 事の次第に重要なのは文章表現の巧拙なんかじゃないし、他の誰かより早く心を伝えることでもない。——そう、頭では理解しているはずなのに。

 時計の数字は刻々と進み、一秒ごとに心臓の鼓動が速まった。体は眠気と疲労によって今にもぐったりと沈み込みそうなのに、意識だけが妙に冴えていた。

 時計が23時59分55秒を示し、俺はメッセージアプリの送信ボタンに親指をかざした。56秒、57秒、58秒……そして数字が〈59〉から〈00〉に切り替わる間際の一瞬に、画面をタップする。メッセージは問題なく送信され、2月14日0時0分のタイムスタンプとともにトーク画面に浮かび上がった。

 肺の奥の深いところから、安堵とも脱力ともつかない息が抜けていく。俺はそのまま布団にもぐりこんで目を閉じた。時間をかけて練った文章はもう俺の手を離れ、しかるべき相手のもとに着いたのだ。この部屋ではない場所であのメッセージが読まれている光景を想像すると、ある種の喪失感を伴う充足感が胸を満たした。自分の心の一区画を切り分けるように贈った、その言葉が誰より先に彼に届くよう祈りながら俺は眠りについた。

   ***   

 朝になると雪はやんでいた。通学路に浅く積もった白い雪が、黒いスニーカーの底を濡らした。背後から聞きなれた声が飛んできたのは、学校のそばの橋の手前にさしかかったときだった。

「日吉、おはようっ!」
「……おはよう」

 挨拶を返しながら振り向くと、鳳はいつものかっこうに白っぽいマフラーを巻いた姿でニコニコ笑いながらこちらに駆けてきた。マフラーは見たことのない柄だった。家族からの誕生日プレゼントかもしれない。

 氷帝へ向かう通学生の群れの中で、鳳は俺の横に並んで歩き始めた。

「日吉、誕生日のメッセージ送ってくれてありがとな。いつも早寝早起きなのに、わざわざ遅くまで起きててくれたんだ?」
「……べつに。昨日はたまたま夜ふかししてただけだ」
「えー?」

 と、鳳は歌うように声を伸ばした。俺の内心なんてお見通しだとでも言わんばかりの、腹立たしいほど幸福げな表情で。

「でも俺、すっごいうれしかったよ。十二時ぴったりに通知が来て、誰だろうって思いながら見たら日吉の名前があってさ」
「……ってことは、俺が一番だったのか」
「えっ?」

 鳳は目をまるくして俺を見た。周囲に知り合いの姿は見えなかったけれど、俺は念のため声のボリュームを落として続けた。

「だから、その……誕生日のメッセージ、俺のが一番最初に届いたってことか?」
「……あ、えっと……」

 逡巡らしき沈黙。鳳は照れのような困惑のような面持ちで何度かまばたきを重ねてから、「うん」とうなずいた。

「……日吉のが一番早かったよ」
「ふうん……」

 胸がじわりと熱くなる。冷涼な冬の朝の空気の中で、俺の体は満足の熱をもった。知らずしらず口の端が上がっていた。

 鳳は俺よりずっと交友関係が広い。部活のメンバーだけでも二百人を超えるのに、そこに鳳の個人的な知人やら友人やらを加えたらライバルは膨大な数になる。その中で俺が——俺だけが——一番だったのだと思うと、どうしたって気分がよかった。こどもっぽい意地だとわかっていても、やっぱり“勝った”気がしてしまう。

「……日吉、もしかしてそのために十二時まで起きててくれたの?」
「だから、たまたま夜ふかししてただけだって言っただろ」
「そ、そっか」

 熱くなった頬に冷たい風が吹きつけた。俺たちはとりとめのない雑談を交わしながら歩き、数十歩ほど行ったところでよく見知った顔に会った。

「よう、長太郎! 若!」

 朝イチからエネルギッシュなその先輩——宍戸さんは友人らしき三年生数人と連れ立って歩きながら、真冬なのに真夏みたいな爽やかさで俺たちに向かって手を振った。おはようございます、と返事をした俺の横で、鳳も宍戸さんに負けず劣らず快活な声を上げる。

「おはようございます、宍戸さんっ! 昨日はありがとうございました!」
「昨日じゃなくて今日だろ? 十四日になった瞬間に送ったんだからよ」
「あ、そっか……。でも、昨日の夜は俺のために遅くまで起きててくれたんですよね?」

 鳳は上機嫌に声を弾ませた。さっきの俺たちと同じような会話だった。——宍戸さんは俺みたいにごまかしたりせず、「かわいい後輩のためだからな」と屈託なく肯定したけれど。

「ありがとうございます。うれしいです、俺……」
「ぜってー十二時ちょうどに送ってやろうと思って、五分前から電波時計の前で待機しててさ。時計が零時零分零秒になったの見てすぐ送信して……だから他のヤツらより早かっただろ?」
「……っ、ええと……」

 きらきらした笑顔の宍戸さんとは対照的に、鳳はにわかに表情を曇らせ、横目で俺をうかがった。その視線が逃げるように俺から離れていくまで、一秒もなかった。

「……はっ、はい。宍戸さんのメッセージが一番早かったです」
「おっ、やっぱりか! 睡魔と闘ったかいがあったな」

 俺はぐっと歯を食いしばった。さっき上がった体温がすっと引き、体の中も心の中も急速にさめていくのがわかった。宍戸さんは連れの三年生に名前を呼ばれ、俺たちに「じゃあな」と笑いかけて走り去っていった。その背中が人群れに紛れて見えなくなったところで、俺は口を開いた。

「……おい」

 凄もうとしたわけではないのに、意識せずともドスのきいた声になった。鳳はおそるおそるといった様子で俺を向き直った。あからさまに気まずげな顔をして。

「お前、さっきは俺のが一番早かったって言ってたじゃねーか。嘘だったのかよ、あれ」
「違う!」

 鳳はあわてた様子で否定した。が、いったい何が違うっていうんだろう。宍戸さんのメッセージが一番早かったなら俺のそれは一番ではないし、その逆もしかり。“一番”とはそういう意味だ。

「その……。十二時ちょうどにスマホが光って、手に取って見たら日吉からの通知と宍戸さんからの通知が一緒に来てて。だから二人とも同時だったし、二人とも一番早かったんだよ」
「お前の目に入ったのは同時でも、スマホならどっちの通知が上にあったかで正確な順番もわかるだろ」
「そ、そんなことまでおぼえてない……」
「……だったらお前、どっちのメッセージを先に開いたんだ?」
「……それもおぼえてない」

 鳳はしゅんとしてうなだれた。雨に打たれて濡れた犬みたいに。本当におぼえていないのかどうか疑わしいと思ったが、こうもわかりやすく萎縮されてしまうとこれ以上追及するのは気がひけた。

「……あの、日吉」

 鳳は広い肩を縮こめて、弱々しい声で俺を呼んだ。

「なんだよ」
「俺、宍戸さんのことも日吉のことも大好きだし……二人のメッセージも、どっちも同じくらいうれしかったよ。みんなより早く送ってくれたのももちろんうれしかったけど、もしそうじゃなかったとしても俺にとっては最高の誕生日プレゼントだった。……だから」

 言葉はそこで終わった。続きはなかったけれど、「だからこれ以上困らせないで」という懇願が聞こえてきそうな声音だった。

「……もういいよ。べつに怒ってるわけじゃねーし」
「う、うん……」
「……」
「……」

 会話は途切れ、俺たちは無言で通学路を進んだ。歩き続けているうちにスニーカーに雪水がしみてきた。校舎に着くと、鳳は数人の生徒に取り囲まれて誕生日かバレンタインかのプレゼントを渡されていた。

   ***   

 “どっちも同じくらい”なんてしょせんは綺麗事だ。物事には常に序列があり、勝ち負けがある。少なくとも俺はそういう世界で生きてきた。

 人間関係だって同じことだろう。誰かが誰かの心を占めているとき、他の人間は否応なくそこから閉め出される。心の中のスペースが空くまで待たなければならない。鳳が俺と宍戸さんのメッセージのどちらを先に開いたにせよ、どちらか一方が後回しにされたことは間違いないのだ。

 だから一番と二番には歴然とした違いがある。価値があるのは一番だけだし、その座を奪うことだけ。——そんなふうにムキになるのがおとなげなくて視野狭窄的な執着心のなせるわざだとわかっていても、それでも。

   ***   

 鳳に対する四方八方からのプレゼント攻撃は一日中続き、部活が終わるころには紙袋二つ分の量になっていた。部活の後、二人きりになった部室の中で、鳳は俺が座っているソファの足元にしゃがみこんだ。ジャージの下の白いTシャツの、ちょうどネックレスの十字架がかかっているあたりに、練習でできた薄い土汚れがついていた。

「……日吉、ごめんね。朝のこと」

 そう言って、鳳は申し訳なさそうに眉を下げた。

「俺、日吉のメッセージが一番早かったかどうか聞かれたときに、宍戸さんと同時だったって正直に言えなくて……。そんなの、嘘をついたのと同じことだったよな」
「いや、だからもういいって。俺のほうこそおとなげなかったし……。それが嘘だとも思ってねーよ、もう」

 下剋上の機会は一年後までお預けだ。その日までモヤモヤは残るだろうけど、べつに鳳が悪いわけじゃない。こいつは常に他人の気持ちを慮ってばかりいるから、今朝も俺と宍戸さんの両方に気をつかったせいで真実を言えなかったんだろう。

「……そもそも、ちょっと考えれば予想できたことだったんだ」
「え?」
「あの人、俺の誕生日のときも真っ先に連絡くれたし。それだけ義理堅いんだから、お前の誕生日ならなおさらだよな」
「えっ……」

 床に膝をついた体勢で俺を見上げながら、鳳はなぜか顔をひきつらせた。驚いたような、衝撃を受けたような表情の動きだった。

「……日吉の誕生日のとき、宍戸さんのメッセージが一番早かったのか?」
「ああ、そうだけど」

 二か月前、十二月五日になった瞬間に宍戸さんからお祝いのメッセージが送られてきた。あの人だって俺と同じで毎日早起きなのに、わざわざ遅くまで起きていてくれたのかと密かに感動したものだ。あの先輩なら仲のいい下級生全員に同じことをしていても驚かないし、相手が鳳なら言わずもがなだろう。

 鳳はふいに眉を寄せ、唇をぎゅっと引き結んだ。泣き出す寸前の幼児みたいに。何がそんなにひっかかっているのかと不可解に思った俺の前で、鳳は「俺だって」と、かすかに震える声でつぶやいた。

「俺だって十二時ちょうどに送ったのに!」
「……え?」
「三時間前からメッセージ用意して、十二月五日になった瞬間に送信ボタン押して……! 誰より先に日吉におめでとうって伝えたかったのに、俺が一番じゃなかったんだ?」

 鳳はまるで責めるように俺をにらみつけた。——この展開で、なんで俺が責められなきゃならないんだろう。

「いや……お前のは宍戸さんより二分か三分遅かったぞ、たしか」
「で、でも俺だって時計の前に座って、ちゃんと十二時になった瞬間に送ったはずで!」
「んなこと言われても……。時計がズレてたんじゃねーの? もしくはアプリの調子が悪くてタイムラグが発生したとか」
「……そんな……」

 ほとんど絶望みたいな声が落ち、次の瞬間、鳳は身を乗り出してこちらに迫ってきた。ソファの上に片膝をのせ、俺の肩を背もたれに押し倒すようにして。せっぱつまった様子で、顔は赤く、よく見たら目まで赤くなっていた。

「……俺のを最初に読んでほしかった……」
「いや、そんなのいまさらどうしようもないだろ。つーかそれお前が言うなよ!」
「だって俺のところにはほんとに二通同時に来たんだもん! でも俺のメッセージは宍戸さんと同着ですらなかったとか、すっごい悔しい……」
「……お前、言ってることが朝と違いすぎるぞ。順番なんて関係なくどっちも同じくらいうれしい、みたいなこと言ってたのはどこのどいつだよ?」
「それはっ……たしかに言ったけど、でも!」

 ソファの座面が大きく揺れ、ギッと耳障りな音をたてる。何かと思う間もなく体を押しつぶされる。鳳はのしかかるように倒れ込んできて俺の上体を抱きしめ、俺の耳もとで熱い息をついた。快い寒気が、背中や二の腕をさっと駆け上がる。

 ぎゅうと力任せに抱きすくめられた体が痛い。熱い。鳳は行き場のない感情をぶつけるみたいに手加減なく俺を抱きしめ続けた。時に時速二百キロメートルを超えるビッグサーブの使い手の腕力は、いうまでもなく、並みの中学生よりずっと強い。

「っ……おい、いてえよ」
「……俺、次は絶対リベンジする」

 と、鳳は俺の耳のすぐそばでつぶやいた。

「リベンジ?」
「今年の日吉の誕生日は絶対、ぜったい俺が一番最初にお祝いする。俺、宍戸さんに下剋上する!」
「……いや、それ完全に俺のセリフだろ」

 俺は鳳の腕のなかで脱力してため息をついた。なんだかいろいろと理不尽だ。鳳の主張は朝のそれと正反対になっているし、よりによって宍戸さんに下剋上とかめちゃくちゃなことを言いだすし。仮にも鳳の交際相手である俺が週に五回は彼ら二人の絆に敗北感を覚え、そのたびにあの尊敬すべき先輩に対して闘志をみなぎらせていることを、はたしてこいつは少しでも察しているんだろうか?

「鳳、いいかげん放せって」
「やだ」
「やだって……だれか来たらどうするんだよ」

 他の部員はみんな帰ったものの、この部屋には鍵がかかっていない。誰かがひょっこり戻ってきても不思議じゃないのだ。それくらい理解しているはずなのに、鳳はかたくなに俺にひっついたままだった。たかが誤差程度の違いがそんなに悔しいのかと俺は呆れた。数時間前には俺自身がその誤差を思って煩悶していたのに、立場が逆転してしまうとこんなことはくだらない笑い話のようにさえ感じられた。メッセージの到着が二分や三分、あるいは二秒や三秒遅れたところで、いったいそれがなんだっていうんだろう。

「……そんなにムキにならなくてもいいだろ。べつに早いほうが偉いってわけでもないんだしさ」
「なんだよ。朝は日吉も同じことにこだわってたくせに」
「……一番最初じゃなくたって、俺はお前のメッセージが一番うれしかったよ」
「え……」

 ふいに上体を締めていた力がゆるみ、俺はそのスキに鳳の腕の中から抜け出した。鳳は俺と宍戸さんのメッセージについて、「どっちも同じくらい」うれしかったとしか言わなかったのに、俺だけが「一番」うれしかったなんて言ってやるのはどうにもシャクだ。けど事実は曲げようがなかった。それに、誕生日の今日ならこれくらい言ってやってもいいような気がした。

「……ほんとに?」
「俺はそんな悪趣味な嘘はつかないぞ」

 鳳は感極まったように唇を噛み、ふたたび俺に抱きついてきた。さっきとは違う、穏やかで優しい力が俺の身を包む。

「なんか俺、ばかみたい」

 鳳は自嘲ぎみにつぶやいた。

「まだ悔しいのも残ってるけど……でも、今の一言で一気にうれしくなっちゃった。ありがと、日吉」
「……ほんとにばかだな。それに現金すぎるだろ」
「うん、そうだよな……」

 筋の通らないことにとらわれて執着してぐちゃぐちゃになってしまう。誰かを想うほど心は本当にばかで理不尽だ。こいつも、俺も。

   ***   

 鳳のマフラーはやはり家族(父親)からのプレゼントだったらしい。アイボリーや薄茶、クリームイエローといったやわらかな色で構成されたチェック柄のそれは、今なぜか俺の首に巻かれている。「なぜか」というか、自分のマフラーや手袋を持ってくるのを忘れたことを鳳の前でうっかり口走ってしまった俺が悪いのだが。

「それ、家まで巻いて帰ってもいいよ。俺は全然寒くないし」
「いや、いつものところで返すって」

 どんな素材が使われているのか、マフラーは驚くほどなめらかでとろけるような肌心地だった。鳳はプレゼントでいっぱいになった紙袋を両手にひとつずつ提げて帰路を進み、やがて“いつものところ”で立ち止まった。日が落ちて暗くなった十字路で、信号機と街灯の丸い光がひとだまみたいに暗がりに浮いていた。

 マフラーを外す。鳳の両手は紙袋でふさがっていたので、直接首に巻きつけて返してやった。

「じゃ、また明日」
「あ……待って、日吉」

 呼び止められて振り返った瞬間、眼前に四角いモノが突き出された。反射的に受け取ると、それはリボンのついた小箱だった。渋みのある濃色の包装紙に、淡い水色のマットなリボン。鳳の趣味より俺のそれに近いラッピングだ。

「えっと、その……バレンタインのチョコ、みたいな」

 細い声でたどたどしく言いながら、鳳は照れるように目をそらした。いじらしいと感じさせられてしまうしぐさだった。部室であんなことをしてきた男がこの程度のことで照れているのは解せないが。

「なんだよ、『みたいな』って」
「べ、べつになんでもないけど……」

 鳳は薄闇の中でもわかるくらい頬を赤くして、俺の手元に視線を戻した。

「それも本当は他の人より先に……一番最初に日吉に渡したかったんだけどな。朝はちょっと気まずかったし、学校で渡すと誰かに見られちゃうかもしれないし……。結局、一番最後になっちゃった」
「……ああ、そうだな」

 鞄を開けて中の荷物を片側に寄せ、空いたスペースに小箱を収める。小さくて軽い箱がひとつ増えただけなのに、俺は鞄がずっしりと重みを増したように感じた。

「まぁ、ありがたくいただくよ。お前のを一番最初に食べてやってもいい」
「ほんと? うれしいな」
「……それじゃ、今度こそ帰るぞ」
「うん。また明日ね」

 俺はふたたび鳳に背を向けた。きびすを返す瞬間、鳳が持っている紙袋に視線をひっぱられた。前方を向き直って早足で歩くと、マフラーがなくなった首に冷たい空気がふれて鳥肌を立てさせた。

 ——今日は朝から学校の中で十回くらい声をかけられた。いかにも“義理”っぽい包みを持っていたヤツもいたし、そうじゃなさそうなヤツもいた。黙って受け取るほうがラクだったけれど、俺はそのすべてを丁重に断った。

 特定の交際相手がいる立場の人間として、俺なりにけじめをつけたつもりだ。だけど、それが誰にとっても正しいふるまいだと思っているわけではない。バレンタイン兼誕生日のプレゼント攻撃を全部断るなんてこと、ただでさえ気弱な鳳にはできるはずもないし、そうさせたいとも思わない。俺のために全部断ってほしいなんて考えるほど俺は狭量な男じゃない。そう自分に言い聞かせるけれど——それでもやっぱり、胸の奥をかすかに焦がすような嫉妬心を無視できるほど大人にもなれなかった。本当は俺だけを一番にしてほしいって、そこまで求めてしまう相手でなければ友人以上の関係になることもなかっただろう。

 だから、さっき鞄に入れた小箱こそが俺が今日“一番最初”に受け取ったバレンタインのプレゼントだったってことは、あいつには教えてやらないのだ。

[24.02.18]


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