583+

・中3の12月、付き合ってる設定。
・鳳くんがオナニーしてる最中に日吉くんから電話がかかってきちゃう話です。R18。
・実際にはヤってないけど鳳くんの妄想という形で本番描写があります。
・♡喘ぎあり(受けのみ)。全体的に即物的なエロ小説です。

***

*朗読部分で引用している小説は折口信夫の「死者の書」です(著作権の存続期間終了済み)。
岩波文庫版から引用していますが、青空文庫でも読めます

dreaming of love [前編]


 ぜんぶ日吉のせいだ。彼を好きになる前の自分は、こんなことひとつも知らなかった。毎夜ベッドに入ったらすぐ眠りについていたし、授業中あてのない空想でうわのそらになることもなかった。更衣室で着替えているとき、背後にいるそのひとの姿を窓ガラスの反射越しにこっそりと盗み見てしまうことだって、なかった。毎日はすこやかに輝いていて、夢の中で会う彼はいつも清廉な目をしていたのに。

   ***   

 1.dreaming  

 三回目のデートの行き先は、都心から電車で三十分の距離にある街。高層の建物が見えないその街では、薄曇りの真冬の空がいつもより広かった。

 駅前から続くレトロなアーケード商店街を抜け、昔ながらの個人商店や喫茶店やコインランドリーなんかがひしめく路地を縫うように歩きながら、日吉は慣れた様子で何軒もの古書店を回っていった。この街は一風変わった古書店街として有名らしく、日吉が好きそうな心霊小説やオカルト本や、幻想文学に特化した店もあった。

 俺にはよくわからない世界だ。だけど狭い店内にぎっしりと詰め込まれた本の背表紙を読むのはおもしろかったし、マニアックな古書に囲まれて静かにテンションを上げている日吉の顔を見られることが幸せだった。こどもみたいにワクワクを隠せない様子で、いつもは涼しげな目元に興奮の色をのせた横顔。俺はその顔を覗き見たり本棚を眺めたりしながら時間を過ごし、児童書の専門店では店先のワゴンに入っていた綺麗な絵の絵本を買った(税込二百二十円)。

「……あのさ、お前は本当にこれでよかったのか?」

 古書店めぐりを終えて喫茶店で一息ついたとき、日吉はコーヒーを飲みながら気まずそうに俺を見た。

「楽しくなかっただろ。全部俺の趣味に付き合って」

 喫茶店の天井からは無数のアンティークランプが吊り下げられてオレンジ色の光を放ち、日吉の髪にも天使の輪っかをのせていた。ステンドグラスの窓から注ぐ夕日は、申し訳なさそうに目を伏せる彼の頬をそっと撫でるように照らした。

「そんなことないよ。すっごい楽しかったし……それに今日は元々、俺が勝手についてきたんだしさ」
「それはそうだが……」

 とつぶやいて、日吉はカップの底に残っていたコーヒーを飲みほした。

「お前、まだ時間あるか」
「うん、大丈夫。まだ行きたい店があるのか?」
「店じゃねーけど……」

 喫茶店を出ると、日吉は駅とは反対の方向へ歩き始めた。古書店や雑貨屋が集まるエリアを抜け、その先の住宅街も通りすぎていく。黄昏時(日吉的には“逢魔時”っていうらしい)の街は薄暗く、ひとけも少なくてしんとしていた。やがて小さな橋を渡った先に、公園の入り口らしき場所があった。

 小鳥の彫刻がのった銀色の車止めの向こうに、鬱蒼とした森のような景色が広がっている。公園といっても遊具があるタイプではなく、木々の中にただ遊歩道が通っているだけみたいだ。日中ならさわやかな散歩コースになりそうだけど、日が落ちかけた今は正直、暗くてまがまがしい印象がぬぐえない。日吉の趣味について知れるのは楽しいけど、こういうたぐいのモノだけは話が別だ。

「……日吉、ここ入るのか?」
「ああ。奥に椿の木があって……」
「おっ……俺、廃墟とか心霊スポットとかにはもう絶対付き合わないって前に言った!」
「は?」

 日吉はきょとんとした顔で俺を見た。

「いや、廃墟でも心霊スポットでもねえよ」
「え……だったらなんで日吉が公園なんかに来るんだよ」
「べ、べつに俺が公園に来たっていいだろ」

 日吉はやや動揺ぎみに言うと、立ち止まったままでいる俺の右手を握った。えっ——と驚いているスキもなく、そのまま体を前方に引っぱられる。

 早足で進む日吉の背を追う。冷たい空気のなかで体の内側が熱を持ち、心臓がドキドキと高鳴っている。だけどそれはもう恐怖による鼓動じゃなかった。日吉の手の力は俺を握りつぶすみたいに強く、ときどき不自然にふるえた。

 日吉は静かな公園の遊歩道を数分ほど歩くと、ロープ柵で囲われた丸い区画の前で足をとめた。柵は一か所だけロープが取り払われていて、脇には〈椿の庭〉と彫られた木製の立て看板があった。

 手をつないだまま中に入る。柵の中に立つ何本もの椿の木は、どれもちょうど見頃らしい立派な花をつけていた。ザ・椿って感じの真っ赤な花もあれば、白い花やピンクの花、赤と白が混じったマーブル模様の花もある。

「きれい……」
「こういうの好きだろ、お前」
「うん」

 空はもう夜の色だけど、薄暗がりのなかで見る花も素敵だった。花だけじゃなく、上品なツヤをまとった深い緑色の葉も美しい。

 日吉は俺にすべての木をまんべんなく見せるように柵の中を一周してから、白い花をつけた木の影の下で立ち止まった。

「次はお前の行きたい場所に合わせるからさ。今日はこれで勘弁ってことで」
「そんな、本当に気にしなくていいのに……。俺が一番行きたい場所って、日吉が行きたいと思う場所だし」
「じゃあ次は江北橋にでも行くか?」
「こうほくばし?」
「夜に渡ると白い服を着た幽霊に手を振られて呪われる、って有名な——
「だっ、だからそういうのは却下!」

 冗談だよ、と続けて日吉は笑った。らしくないほど無邪気な笑顔をみせた彼の背後で、白い花がふたつ寄り添うように咲いていた。俺たちは手をぎゅっと握りあい見つめあった。視線が合ったり離れたりした。隙間なくくっついた手と手に汗がにじみ、心臓がまた大きく打ち始めた。日吉は左手で俺の手を握ったまま、右手をそっと上げた。ゆっくりと上がってきたその手は遠慮がちな指遣いで俺の顔にふれて皮膚をなで、そうされると俺は顔が熱くなって息がふるえた。空気が冷えているせいで、俺の吐く息はぜんぶ白くなって日吉にもバレてしまった。

「……っ、は……」

 冷たい指先が頬をつたう。耳をくすぐる。体の中身がきゅうっと収縮してお腹のあたりに集まり、熱いような痛いような心地でどうしようもなくなっていく。命の一部分が欠けてしまったみたいに何かが足りていない——そんな感覚がする。日吉は熱っぽく鋭い目で俺を見ている。俺は欠けたところを埋めてくれるものが欲しくて、欲しくて気が狂いそうで、だから日吉が動くより先に彼の唇に自分の唇をくっつけてしまった。

「ん……」

 やわらかい。想像よりずっと。やわらかくてあったかくて気持ちよくて、それはいくら食べてもなくならないごちそうみたいだった。触れて、離れて、またふれて、からだじゅうとろけてしまいそうな心地よさを堪能していたら突然、日吉の片手が俺の顎をつかんで押さえつけた。ぬるりとした感触に前歯をたたかれ、こじあけられ、強引に割り入ってきた舌に口の中をかきまわされた。舌先は俺の粘膜を舐め、こすり、息を止めるような征服的な動きで俺の呼吸を苦しめた。脳がしびれて脚の力が抜け、体の真ん中に次々と打ち寄せてくる快楽のせいで立っているのもつらくなったけれど、俺の腰が落ちるより日吉の背後で白い椿の花の片方が地面に落ちるのが先だった。

「……あぁ、っ……」

 花はぼたりと音をたてて落ちた。可憐な見た目に反して重たい音だった。人の足音と勘違いしたのか、日吉はびくりと肩を震わせて俺から体を離してしまった。

 お互いの口元に唾液が残っている。日吉は地面に落ちた花に目をやりながら、手の甲で自分の唇をぬぐった。

「……帰るか」

 日吉はそう言って俺に背を向けた。声はぎこちなく、頬や耳は真っ赤になっていた。

「ん……」

 浅葱色のマフラーに赤い顔をうずめ、黒いダッフルコートのポケットに細い両手をつっこんで日吉は歩き始めた。俺は彼の一歩あとについて冬の夜道をたどった。こがらしが吹きつけても体のほてりはいっこうに冷めなかった。夜の街には居酒屋やバーの明かりが灯り、帰路を進む日吉の凛とした後ろ姿に幻想的な光を添えた。駅までの道を行きながら俺はズボンの中で勃起していた。

   ***   

 宿題が終わった。就寝前のストレッチも終わらせた。時計は二十二時をさしていた。

 ベッドに入って目を閉じると、まず思い出されたのは地面に落ちた白い椿の花のイメージだった。それから、俺のことを見上げていた日吉の鋭い目。唇を重ねたときに胸と胸がふれあった感触。驚くほど強引で必死だった日吉の舌遣い……

 日吉の唇のやわらかさを思い出しながら、指先で自分の唇にふれる。日吉がやってくれた感触を再現するみたいに、下唇のまんなかをなで、ふにふにと押しながら右端へ滑り、Uターンして左端までをゆっくりとなぞっていく。口の中に指をいれて、浅いところから奥深くまで、息が苦しくなるまでぐるぐると粘膜をかきまわす。

 実際のキスに比べたら全然ものたりないけれど、数時間前の記憶がよみがえって俺を興奮させた。唇のあいだから熱い息がもれた。枕を抱く腕に力がこもり、毛布の下で右の腿と左の腿がこすれあった。

「……はぁ、っ……♡」

 枕元のスマホをたぐりよせて、アルバムの中の画像を表示させる。夏の大会の最中に撮った、ベンチに座っている日吉の写真だ。このときの日吉は白星をあげた直後だけど、その顔に安心の色はない。瞳には、ただ“次”を見すえる闘志だけ。

 三年生になってから買い替えたスマホはカメラの性能が良く、夏の日差しを浴びてきらめく彼の髪の一本一本や肌の上をすべる汗の一滴一滴までよく見えてしまう。俺はそれらの手触りや匂いや温度を想像しながら、右手をパジャマのズボンの中にもぐりこませた。すでに少し硬くなっている性器を握ったら、さっき俺の手を握ってくれた日吉の手の力を思い出した。

「……ひよし、」

 と声に出した瞬間スマホの画面にその人の名前が表示されたので、俺の心臓は喉を突き破って口から外へ出ていきそうになった。通話アプリへの着信。あわてて応答すると、受話口の向こうからは「もしもし」と落ちついたトーンの声が聞こえてきた。

「……ど、どうしたの? こんな時間に」
『悪い、もう寝てたか?』
「いや、まだ全然起きてたけど……」

 日吉とキスしたせいで眠れなくなっていた——とは、もちろん言えない。毛布の中で息をひそめて待っていると、日吉はためらいがちに言葉を続けた。

『さっき話そうと思って忘れてたんだが、あした授業で朗読のテストがあってさ』
「ああ、現代文の……」

 現代文の授業で行われる朗読の試験。台本にするテキストは各自の自由で、俺は先週『ソネット集』の二十四番を読んだ。朗読のスキルがどうとかよりも、みんなが何を題材に持ってくるのかってことが楽しい授業だった。

『悪いが少し練習に付き合ってくれないか? こういうの、お前のほうが得意だし』
「それは構わないけど……あのテスト、ぜんぜん厳しくなかったよ? とりあえず読めば普通に合格くれるから、わざわざ練習までしなくても……」
『「とりあえず」で合格しても自分のためにはならないだろ』

 と力強く言って、日吉は続けた。

『どんなことでも、やるからには自分ができる限りのパフォーマンスを出したい。跡部部長は全教科首席だったんだぞ?』
「それは……」

 だって跡部さんは跡部さんだから——と言いかけた言葉をのみこんで、俺は身を起こした。

「わかった、俺でよければ付き合うよ。今イヤホンに替えるから、ちょっと待ってね」
『ああ、助かる』

 俺は通学鞄の内ポケットに入れていた有線イヤホンを取り出し、スマホにさしてベッドに戻った。あおむけに寝転がって、声がちゃんと届くようにマイクの位置を調節する。

「よし、準備できたよ。で、日吉は何を読むんだ?」
『ああ……古い小説で、「死者の書」っていう有名な——
「えぇ~……」

 思わず言葉を遮ってしまう。日吉は険しい声で「なんだよ」とつぶやいた。

「タイトルからして絶対こわいじゃん。俺そういうのは嫌だって言っただろ」
『いや、まあたしかに霊的な要素はあるけど……ホラーって感じではないし、読むのは冒頭だけだし。べつに怖くねーよ』
「本当に?」
『とりあえず一回読んでみるから。声の出し方とか大きさとか、気づいたことがあったらあとで言ってくれ』

 かさり、と本のページをめくるらしき音が届く。日吉はひとつ咳払いをしてから朗読を始めた。

『……「彼の人の眠りは、しずかに覚めていった」』

 かのひとのねむりは、と、その声は一音一音を明瞭に読み上げた。

『「まっ黒い夜の中に、さらに冷え圧するものの澱んでいるなかに、目のあいてくるのを、覚えたのである」』
「……」
『「した した した。耳に伝うように来るのは、水の垂れる音か」……』

 イヤホンの向こうから、静かだけれど重たい声が耳に流れ込んでくる。鼓膜を震わせるその音の連なりが心地よくて、俺はつい受話音量を上げていた。目を閉じて日吉の声に耳をかたむけると、物語はどうやら暗闇の中で長い眠りについていた男の目覚めを描いているらしかった。

『……「長い眠りであった。けれどもまた、浅い夢ばかりを見続けていた気がする」……』

 まぶたを閉じた暗闇のなかで、日吉の声だけが体に入ってくる。俺の体はうんと耳を澄ませてその声を最大限に感じようとする。

 暗い夜、体の痛み、夢と現実のあわい……凄味はあるけれど確かに怖くはなく、どこか幻想的でもある物語に日吉の低い声と丁寧な語り口はよく合っていた。彼の音声の波は俺の体の上から下へと順々に打ち寄せた。耳から入ってきて脳に、喉に、心臓に、胃に——勃ったままの性器の奥に。

『「おれはまだお前を……思うている」』

 と、ふいに強くなった日吉の声が俺を撃つ。イヤホンを入れた耳の中を灼かれるような熱さのあと、下腹部がズンと重くなってうずき、苦悶じみた息が出た。

「……っ」

 日吉に聞こえてしまっただろうか——そう不安になりながらも、俺の両手は不安とはうらはらに危うく動きだし、パジャマの上を這い回っていた。イヤホンで日吉の声を聴いたまま、指先や手のひらを使って自分の体を気持ちよくさせてしまう。胸やお腹やふとももをなでる快感に、日吉の声がくれる快感がまざってぞくぞくする。

『「ここに来る前から……ここに寝ても、……それから覚めた今まで、ひと続きに、ひとつ事を考えつめているのだ」』

 日吉の朗読はそこで止まり、あとには微かなノイズが続いた。俺はそのノイズさえいとおしい気がして、電話の向こうの日吉の気配を少しも聞きもらすまいと耳をそばだてた。

『……えっと、台本はここで終わりなんだが……』
「あ……そうなんだ?」
『ああ。ここまででだいたい六百五十文字だから』

 朗読試験の持ち時間はひとり二分まで。文字数にして六百から七百程度が目安だって、そういえば先生も話していた。

『……で、どうだった?』

 日吉はおずおずと尋ねた。

『録音して自分で聴いたりもしてみたんだが、よくわからなくてさ。部長として人前で話すようなスピーチとは要領が違うだろ、朗読って』
「うーん……」

 正直な感想をいうなら、俺は日吉の朗読に不足なんて少しも感じなかった。声の抑揚もテンポも、ひとつひとつの言葉の読み上げ方も、すべてが心地よかったのだ。こんな発表を聞かされて日吉のクラスのみんなが彼のよからぬ魅力に気づいてしまったらどうしよう、なんて不安になるくらい。

 だけど俺が“合格”を出したら、この練習はここで終わってしまうんだろう。それが惜しかったから、俺はあえて注文をつけてみることにした。

「声量は問題ないと思うけど、スピードがちょっと速かったかな。あと、内容によって緩急をつけたりすると物語の雰囲気が伝わりやすいかも」
『なるほど……。緩急って、速くしたり遅くしたりってことか?』
「そうそう。声の大きさとか高さとかも調整したり……まあ、やりすぎると小賢しい感じになっちゃうけどね」
『……わかった。もう一回読んでみる』
「ああ」

 深呼吸らしき一拍をおいてから、日吉はまた朗読を始めた。——かのひとのねむりは、しずかにさめていった……清音の多い文章を読み上げる日吉の声は透明な音楽になって耳にとけこみ、俺の内側を清潔な幸福感で満たした。日吉は俺の(テキトーな)アドバイスに沿って語りに抑揚をつけていて、小説の言葉に彼なりの感情をのせようとしているのが伝わってきた。

『「ただ凍りつくような暗闇の中で、おのずと睫毛と睫毛とが離れてくる。膝が、肱が、おもむろに埋もれていた感覚を取り戻してくるらしく」……』

 俺は受話音量を最大まで上げた。静寂を読み上げる声は俺の脳みそを優しく撫で、暗闇をえがく厳かな響きは俺のみぞおちを圧迫した。日吉の朗読が速くなると俺の心臓の鼓動まで速くなり、遅くなればゆっくり耳を舐められているみたいに感じた。日吉の舌の感触を、思い出しながら聴いた。

『「おれはまだお前を……思うている」』

 さっきと同じところで、日吉の声はまた強くなった。

『「おれはきのう、ここに来たのではない。それも、おとといや、そのさきの日に、ここに眠りこけたのでは、決してないのだ」』

 一節ごと地面を踏みしめるみたいに、重たく、切々と続く声。読点の一つ一つが俺を殴った。その甘い痛みを感じながら俺はまた手を動かした。パジャマの中に入れた右手で、自分の左胸をつかむ。ぎゅっと力を込めたり放したりして揉みしだく。ゆびさきで乳首をなでて、転がして、いじめながら、左手でパジャマの向こうの性器にふれる。日吉の声を聴いていただけなのに、そこはさっきより硬く熱く大きくなっている。

『「おれは、もっともっと長く寝ていた。でも、おれはまだ、お前を思い続けていたぞ」……』

 物語の中の男が誰を想っているのかはわからない。でも俺にとってはそんなことどうでもいい。脈絡なんか関係なく、ただ日吉が——好きな人がこんなに烈しい言葉を口にしている、その状況に興奮した。俺の左手は自分の性器を夢中でなで続け、パジャマのズボンの生地まであっというまに濡れた。下着の中に手を入れると、とろりとした粘液がゆびさきになまぬるくからみついてきた。日吉の朗読は終わり、静寂の間に俺の手がたてる卑猥な音が響いてしまった……ような気がした。

『……今度はどうだった?』
「ん……」

 返事のために発した自分の声は、熱い吐息をまとって出ていった。

「さっきより良かったよ。間のとりかたもきれいだったし……。でも意外だな、日吉がこんなロマンチックな台本を選ぶなんて」
『え? ……いや、このシーンは別にロマンチックって感じじゃねーと思うけど』
「そうなの?」
『ああ、まぁ……。それより、あと何回か練習してもいいか? なんとなくコツがつかめそうだからさ』
「うん。もちろん」

 日吉はそのまま朗読をくりかえし、俺はとうとうと続くその声を聴きながら手淫にふけった。目をとじて脳裏に日吉の手のかたちを描き出し、あの骨っぽくて細い手が俺の体をどんなふうに触ってくれるのか想像しながら。

 毛布を払い、ズボンも下着も脱いでしまう。自分の手を日吉の手だと思って、ひりつくペニスをしごきたてる。日吉は優しいけど強引だから、きっと俺のこともそういう手つきで触ってくれる。まず根元をつかんで、ゆっくりといたわるような優しい力で上下に何度も何度も往復して——いくえにも積もった優しさはやがて熱を発し、たえまなく襲ってくる快感にねじ伏せられた俺が泣いて音を上げてもやめてくれないのだ。止まらない刺激が俺の体を引き裂き、裂け目から熱い蜜が流れ出す。だめ、やめて、って俺がわめくほど日吉は満足げに表情を変えていく。それを見て俺の体はまた熱に覆われる。耐えられないくらいに……

『「甦った語が、かの人の記憶を、さらに弾力あるものに、響き返した」』

 電話の向こうで今、日吉はどんな顔をしているんだろう。物語と同じように神妙な面持ちか、それとも慣れない朗読に緊張しているのか。どちらにせよ、きっと清らかな表情だ。自分の声を聴く俺がこんなことをしているなんて、夢にも思っていないだろう。

 残暑のころに付き合い始めて、手をつないだのもキスをしたのも今日が初めてだった。まじめで高潔な日吉は安易に体にふれてきたりはしなかった。俺は自分が赤い実になって彼に摘まれ食べられる夢をみながらずっと焦がれていた。お堅くて誠実な日吉の言動の端々から、彼が俺のことをうんと大切に思ってくれていることは伝わってきたけれど、俺はそれだけじゃ満足できなくなってしまったのだ。大切にされるだけじゃ。

 残暑がすぎて秋になり、冬も深まった今日やっと唇にふれてくれた。——お互いの気持ちを重ね合わせるために慎重に時間をかけてきた日吉はきっと、今もまっすぐに台本だけを見ているはずだ。

 朗読は三度くりかえされ、それからぱたんと本を閉じる音が届いた。

『……ま、こんなもんでいいか。聞いててどうだった?』
「ぅん……なんか、耳が気持ちよかった」
『ふーん。ヘンな感想だな』

 日吉は不思議そうに言った。

『なんにせよ助かったよ。遅くまで悪かった』
「ううん、全然。俺はただ聴いてただけだし」
『じゃ、またあした学校で——
「えっ」

 俺は反射的に日吉の言葉を遮っていた。「なんだ?」と、怪訝そうな声が返る。

「えっと、その……」

 とっさに脳を働かせて上手な言葉を考えようとしたけれど、熱にうかされた頭は口実のひとつもこしらえてくれない。結局、心を支配していた欲求がそのまま言葉になって出ていった。

「日吉の声、もっと聴きたい……」

 それは自分でも面食らうほど媚びた響きの声だった。日吉は沈黙し、静けさが俺の耳を刺した。気づくと俺の右手はなまぬるい粘液にまみれて手首までべたべたになっていた。

『聞きたいって言われても……』

 と、日吉は困惑ぎみに続けた。

『別にもう話すことなんてねえよ。用は済んだし』
「え~……」

 仮にも恋人に対して——いや、ただの友達だったとしたってあんまりな言い草だ。だけど俺は日吉のこういうドライなところも好きだから、ときめいてしまう心がくやしい。

「ひどい、そんな言い方……。いつもみたいにおしゃべりしようよ」
『わざわざ電話で話す必要ないだろ。どうせ明日も学校で会うんだし』
「それはそうだけど……。俺は明日じゃなくて今、日吉の声が聴きたいんだもん」

 彼の声を聴きながら心地よさにひたりたいなんて、俺も俺で身勝手だ。だけど体はもう引き返せないところまで興奮し、欲しがる心を止められなかった。

「そうだ、さっきの小説また読んでよ。日吉のお気に入りのシーンとか」
『……べつに構わねーけど。お前そんなに聞きたいのかよ、俺の声なんて』
「うん」
『……』

 ページをめくるらしき沈黙。ぱらぱらと微かな紙の音が、やがて静けさにとけて消える。

『……じゃ、ほんとに俺の趣味で読むぞ』
「ん」
『あ、いや……俺の趣味っつーか、まぁ一般的に評価の高い部分だけど……』

 日吉らしくない、歯切れの悪い言葉。なにか言い訳のようにもごもごと言葉を連ねたあと、日吉はためらいがちに朗読を再開させた。

『……「長い渚を歩いていく。郎女の髪は、左から右から吹く風に、あちらへ靡き、こちらへ乱れする。浪はただ、足もとに寄せている」』

 さっきの暗闇の場面とは雰囲気がガラリと変わり、それは白い砂浜を思わせる美しいシーンだった。日吉の声もさっきとは調性を変えたように、静謐なしらべになって俺の体を優しくゆらめかせた。

『「姫は身を屈めて、白玉を拾う。拾うても拾うても、玉は皆、掌に置くと、粉の如く砕けて、吹きつける風に散る」』

 物語の中のお姫様は、海の底で白く照る玉をすくいあげようとしているらしかった。俺はその物語に耳をかたむけながら左手でペニスの先端をくすぐり、右手で胸を押しなでた。弾力のある肉を揉みしだき、その中心で硬くとがっている乳首をぐりぐりとこねまわす——日吉にそうされていることを想像しながら。背後から彼の腕に拘束され、冷たい両手で胸もとをみだらにまさぐられていることを想像しながら……。なだらかなカーブをえがく自分の胸のむっちりとしたふくらみと、物語の中で淡い光をまとう“白玉”が、不思議とそのイメージを重ねていた。

『「姫は——やっと、白玉を取りあげた。輝く、大きな玉。そう思うた刹那、郎女の身は、大浪にうちたおされる。浪に漂う身……衣もなく、裳もない。抱き持った等身の白玉と一つに、水の上に照り輝く現し身」』

 日吉の声が、俺の頭の中で官能的な像を結ぶ。まるで俺自身が裸にされて、海の中で快楽の波にたゆたっているみたいに。

「……っ、ぁ……」

 たまらなくなって息をついたら、一緒に声まで出てしまった。日吉は朗読の声を止めた。

『……風邪でもひいてるのか?』
「えっ」
『なんか、さっきから声がヘンだからさ』
「……いや、べつに……」

 実はいま日吉のことを考えながら——って正直な言葉が喉まで上がり、ふたたび腹の底に落ちる。打ち明けてみたい気持ちもあるけど、やっぱり勇気が出なかった。

「……発声練習でがんばりすぎちゃって、ちょっと喉が疲れてるのかな。風邪とかじゃないから大丈夫だよ」
『ふうん……』
「それより、もっと続き聴かせて?」
『……「そうしてことごとく、跡形もない夢だった」』

 お姫様は夢からさめたらしい。だけど、俺の夢は朗読が進むほどにエスカレートしていった。

 妄想の中で、日吉はうしろから俺の上体を抱きすくめたまま。場所は放課後の部室の片隅で、俺も日吉もいつものユニフォーム姿だ。ジャージの下に着たシャツの中に日吉の手がもぐりこんできて、びんびんに勃っている俺の乳首をきゅっとつまみ、ぎゅっとひっぱって、ゆびさきでいやらしく転がす。俺はいつも日吉が事務作業をしている机に両手をついてその快感に耐える——嘘。耐えらんなくてまた声がもれてしまう。

「……ゃ、っあ……♡」

 白いハーフパンツの中で、日吉のペニスはガチガチに勃起している。俺のとおんなじくらい。日吉の体のそのでっぱりが、服越しに俺のお尻の割れ目に食い込んでくる。日吉は俺のくぼみに熱いペニスをこすりつけるように腰を動かしていて、俺はお尻の穴のまわりに感じるその刺激だけでイきそうになってしまう。彼が俺の体に向ける欲望が、俺の体を気持ちよくしていく。

「……ん、ぅ……」

 俺は自分の体重を支えるのもやっとの状態なのに、うしろから日吉の舌に容赦なく背中をなぞられ、首筋を舐め上げられ、耳たぶを舐めまわされてしまう。濡れた舌先が耳の裏をねぶり、やわらかいくちびるが耳たぶのふちを吸って回る。日吉は俺の耳を甘噛みしながらエッチな言葉で俺を責める。「変態」とか「男のくせに」とか、サディスティックな言葉が至近距離から鼓膜にひびいて脳がゾクゾクする。

「はぁ、ッ……」
『……』
「んっ……♡」
『……鳳、お前やっぱり変だぞ』
——っ!」

 現実の日吉の声が耳を強く撫で、俺の体はベッドの上でビクンと跳ねた。

「……だっ、だいじょうぶだよ……」
『いや、その声がすでに大丈夫そうには聞こえないんだが』
「……へいき。ほんとに平気、だから」
『……』

 電話のむこうで、さっきと同じようにぱたんと本を閉じる音がする。日吉はしばらく黙りこみ、その沈黙のあいだにも俺の手のひらは自分のペニスを刺激し続けていた。先端からあふれた粘液が、くちゅ、くちゅん、と水音をたてる。

『……あのさ』

 と、日吉は言いにくそうに切り出した。

『その、……今日は悪かった』
「へ?」
『なんか余裕なくて、俺。強引だったと思う……』
「え……」

 思わず手が止まる。日吉の声は本当に申し訳なさそうだったけど、俺は彼が何を謝っているのかわからなくて戸惑った。「強引だった」ってなんだろう? あの公園でのキスのこと? ——たしかにあのときの日吉はちょっと強引だったけど、俺はそれが幸せだったのだ。

「そんな、謝る必要ないよ。俺、日吉とキスできてうれしかった……手をつないでくれたのも」

 マイクのむこうの恋人に語りかけながら、俺は寝返りを打ってうつぶせになった。体の下に入れた左手で左右の乳首を刺激しつつ、腰を動かしてペニスの裏筋の敏感な部分をシーツにこすりつける。日吉の綺麗な指を脳裏に描き出しながら、自分の右手の中指をしゃぶり、唾液をからませる。

「俺、ずっと日吉とキスしたかった」
『……そ、そうかよ』
「そうだよ。ずっと待ってて、それなのに日吉がなかなかしてくれなかったから……したいって思ってるの、俺だけなのかと思ってた……」

 とろとろに濡らした右手を体の裏側に回して、お尻の割れ目に中指を沈ませる。まだ奥に入れるのは怖いから、穴の表面をそっとなでたり押したりするだけだ。それでも日吉の指にされてるって妄想するだけで体は怖いくらい興奮して、おなかの奥がキュウってせつなくなってしまう。

「ぅ、んっ……♡」
『……べつにお前だけじゃねぇよ』
「へ……」
『だから、その……俺だってずっと……』

 日吉は口ごもって言葉をのんだ。瞬間、電話のむこうで照れて赤面している彼のかわいい表情が想像されて、俺は頭がどうにかなりそうだった。

「日吉もずっと、俺にキスしたいって思ってくれてた?」
『……そうだよ! けど俺の欲望だけで突っ走って、お前のこと傷つけたりしたくなくて……』
「ん、ありがとう……。日吉、優しくてうれしい」

 指先にグッと力を入れて穴を押し込むと、ぞわっとする快感がおなかの奥に押し寄せ、ペニスを通って亀頭のさきっぽまで伝わる。体の外側を触ったときとは違う、身体の奥深くでうずまくような怖い快感。もっと奥まで挿れてほしいって思うけど、夢の中の日吉の指は俺の穴の表面をくすぐったりつついたりするだけだ。俺の体をじらして楽しむばかりの、あわい快感のもどかしさに泣けてくる。

「……でも俺、もっと欲しい」
『え?』
「もっと日吉にキスされたい。明日またさわってほしい……」
『いや、明日って……どこでそんなことするんだよ』
「ん……放課後の部室とか? 明日は練習も休みだし、鍵かけちゃえば誰も来ないよ」
『お前、神聖な部室でそんなこと……』

 日吉は呆れたようにため息をついた。

「ごめん……」

 そんな目的で部室を私用するなんて、いけないことだって俺も思う。けど……

「……俺、日吉のこと大好きだから」
『な、なんだよ急に』
「もっといっぱいキスしたいし、いっぱいさわってほしい……ほんとは電話じゃ全然足りない」
『……』

 この一年間で日吉とふたりきりでの思い出もたくさん増えた部室の光景を、ふたたび脳裏に思い描く。その片隅で日吉に背後から迫られ、唇を奪われている自分の姿。俺を抱きしめる日吉の腕の力と、お尻に押しつけられる彼の男根の硬さ。

 今の俺がリアルに想像できるのはキスの感触だけだ。夢みたいにやわらかいくちびるとくちびるが唾液でぬれてすべって、とろとろになった舌がからみあい、甘い電流のような快感を与え合う。まるで舌が性器になったみたいに感じすぎてしまい、透明な痙攣の波が全身をめぐって俺の理性を奪っていく……さっき公園でキスしていたときも、俺は自分の舌先と日吉の舌先がふれあっている感触だけで射精しそうだった。

「……ひよし、だいすき……」

 熱い吐息と一緒につぶやきがもれていく。からだじゅうに満ち満ちた気持ちが、体の中に収まりきらなくなって外に滲み出すように。中指の先を少しだけナカにうずめたら、下腹にズンと衝撃が来て腰がよじれた。

「ぁ……好き、ほんとに大好き……」
『っ……お、俺も……』
「俺も?」
『……』

 夢の中の日吉はしびれを切らしたように乱暴な手つきで俺のハーフパンツを脱がし、自分のハーフパンツも脱ぎ捨ててしまう。そのまま俺の腰を両手でがっちりと固定して、熱くなった男性器の先を俺のお尻の丸い肉に食い込ませる。真っ赤に腫れて体液を分泌している日吉のおちんちんのさきっぽが、やわらかい尻たぶの上をぐるりとめぐって白い皮膚をぬらしていく。ぬるぬるとなまあたたかい粘液の道筋をえがく。——俺は唾液をつけた手で自分のお尻を揉みしだきながら、限界までぱんぱんに膨張した日吉の性器が自分の体の上を這いまわるのを想像する。

 日吉のはどんな形で、どんな色をして、どんな角度で勃起するんだろう。——男らしく反り返ったそれはやがて俺の真ん中の溝に進入し、日吉は両手で俺の尻たぶを左右に割りひらく。俺のお尻の肉に指を沈めてこねまわしながら、背後から耳たぶやうなじや背筋に嵐のようなキスを降らせてくる。俺は気持ちよすぎてダメになりそうで、逃げようとするけど日吉の両手に捕獲されて逃げられない。俺の後孔はもう我慢の限界で、その内側を大好きな恋人の肉欲に満ちた性器で犯されたくてはしたなくヒクついてしまう……

『……俺も好きだ』

 と——夢じゃない日吉の声が突然耳に入って脳まで貫き、ビクンと体が跳ねて俺は軽くイってしまった。ゾクゾクゾクッ……と奥から湧き上がってくる電流のような快感の波に身がふるえ、押し流されてしまいそうになる。右手は自分のお尻を、左手は胸の肉を痛いほど握りしめ、前歯はシーツを噛みしめてその激流に耐えようとする。

「ん……っ——ほ、ほんと?」
『嘘なんてつかねえよ、こんなことで』
「だって……日吉がそんなこと、言ってくれるなんて」
『それは……』
「……ねぇ、もっと言って……」
『ん……』

 日吉はどこか熱っぽい息をついた。それから、せつなげに湿った声が俺の耳を犯していく。

『……俺も好きだ。お前のこと』
「うん……♡」
『……ッ、……』
「俺も日吉のこと好き。だいすき……♡」
『っ……も、もう切るぞ!』
「えっ」

 日吉はあわてたように声を張り上げると、引きとめるスキもなく通話を切ってしまった。イヤホンからはただ静寂が流れ、日吉の声は耳の奥に残響だけ。それすらも波が引くように少しずつ薄れていく。

「なんで……」

 喪失感とせつなさが押し寄せて、まぶたのふちに涙がにじんだ。中途半端なイき方をしてしまったせいで、体には欲求不満としかいいようのない感覚が滞っていた。もっと日吉の声を聴いていたかったのにとうらめしく思いながら、俺はイヤホンを外して体勢を立て直し、ベッドの下の引き出しから白いチューブを取り出した。

 先月ネットで調べ、隣町のドラッグストアで買った潤滑用のローションだ。女性向けのコーナーにあったから手に取るのは恥ずかしかったけど、パッケージは医薬品っぽいデザインだったし、部活用のサポーターやテーピング類に紛れさせたらふつうに買えた。中学生なのに、男なのにこんなものを持っている自分をうしろめたく思いながらも、俺の中では羞恥心なんかより、好きな人に犯される夢をみたいって願いのほうがはるかに大きくなってしまった。

 キャップを開いて中身を出すと、とろりとした液体が手のひらに流れ落ちる。粘性のその液を指にまとわせて、お尻の割れ目の中にさしこむ。ベッドの上でうつぶせになって、まぶたの裏にさっきの続きを思い描く。……日吉のペニスは痛々しいほど膨張して、先端から垂れる熱い粘液を俺の後孔に擦り込むようにぐちゅぐちゅと塗り付けている……

 ローションをまとわせた指先で穴をほぐしながら、俺は日吉の亀頭の質感を想った。それは熟れた桃の実みたいな濃いピンク色に充血し、てらてらと光っている。俺の穴をこじ開けるようにぐいぐいと力をこめてくるけれど、ナカには挿れてくれない。日吉は俺のお尻に挟んだペニスを上下にスライドさせながら、俺の胸を揉みしだいて細い指で乳首を責め、そこから下半身まで降ろした手のひらで腿を撫でまわす。ふとももの外側も内側も裏側も、くすぐったく優しい官能に愛撫され続けて気がくるいそうになってくる。

「はっ……ぁ、だめ、日吉……」

 小動物でも愛でるみたいに優しい手つきなのに、俺の腿に溜まるのはエッチな熱ばかり。脚の付け根に迫ってきた日吉の両手は、やがて十本のゆびさきで陰嚢をくすぐったあと、今度はペニスを握ってしごき始める。タマの裏側から亀頭のさきっぽまで、きもちいいところが全部くまなく日吉の右手と左手のなかでめちゃくちゃに甘くされてしまう。そのあいだも後孔はずっと、日吉の硬いおちんちんによってズリュズリュといやらしくこすられたまま。

「っ……♡ はぁ、あ♡ ぁ……」

 さわってほしい。俺のこと欲しがってほしい。本当に日吉の手だったらいいのに夢しかみられない、その悲しさのぶんだけ欲望はよけいに大きく膨れ上がる。あまのじゃくな心が快感の増幅装置になって。

「……ひよし、ちゃんと挿れてよ……」

 あられもない自分の言葉が、声が、耳に入って羞恥の火で身を焼く。こんなこと半年前の自分は知らなかったのに、恋をしてからの俺はヘンだ。好きな人に犯され、屈服させられ、支配されて、そしてかわいがられたいって思ってしまう……そんなイメージを頭の中につくりあげ続けていたら、いつのまにかペニスを触って快感を得るだけじゃ満足できなくなってしまった。日吉のそれを俺の奥深くまで挿れて、俺が死んじゃいそうになるまでナカを突いて、容赦なくゴリゴリとえぐって、いじめてほしい——未知の感覚であるはずなのに、なぜか強烈な快楽の“記憶”として脳に焼きついている夢。

「日吉、はやく……」

 でも夢の中でさえ日吉はいじわるだから、欲しがれば欲しがるほど俺はおあずけを食らわされてしまうのだ。ユニフォーム姿の日吉は部室のすみでふたたび背後から俺の腰を掴み、お尻をひらいて、体液でどろどろになったペニスの先端を俺の穴にたたきつける。ぺちん、ぺちん、ってたたかれて、俺と日吉のあいだで透明の粘液が糸を引く。俺はその一撃ごとにからだじゅうの神経が震えて、背筋にゾクゾクって寒気が走る。はやく挿れてよって懇願しながら、自分で腰を動かして日吉に近づいてしまう。

 ——中指を曲げて、先端をナカに沈める。指先をリズミカルに動かして入り口をくぽくぽと掘りながら、日吉の亀頭が俺のそこを無理やり押し拡げて入ってくる光景を想像する。真っ赤に腫れ、欲望が分泌させる蜜によって妖しく濡れた亀頭。異物を押し返そうとする俺の体の筋肉の反射に抗って、俺の内側に強引に侵入してくる。俺が男であることを犯す痛み。俺はたぶん、その甘美な破滅の痛みだけでイっちゃいそうになるだろう。

「ぁ……ッ、きもちいい……♡」

 じんわりとあったかい快感が全身に伝播する。真冬なのに体の表面は汗で濡れ、シーツはいつのまにかじっとりと湿っていた。

 興奮で乱れた日吉の吐息が耳元に聞こえる——まぼろしだけど。日吉はいじわるで優しいから、俺の後孔の浅いところで出たり入ったり、出たり、入ったり、をずっとくりかえしている。ずちゅん、って音とともに挿入され、ちゅぽん、って音をたてながら抜けていく。蹂躙と解放の連続。はじめキツく締まっていた俺のそこは、日吉のさきっぽが何度も何度も挿さったり抜けたりする動きによって快感を叩き込まれ、ひらいたり閉じたりしながら彼の形に馴らされていく——まるで躾けられるみたいに。

「日吉、もっと奥まで……」

 はしたないおねだりをした俺の背後で、日吉は困ったように眉を動かす。彼のきれいな顔は耳たぶまで真っ赤にほてり、頬や首筋には汗が流れて、重たい前髪までもが汗でおでこにはりついている。日吉はたぶん「あんまり深くしたら痛いだろ」とか、「これ以上ムリしなくていい」とか言うんだと思う。俺への気遣いが五十パーセント、でも本当はこらえきれない獣欲のままに思いきり腰を打ちつけてしまいたい気持ちが五十パーセント——そして俺の心の中は、彼の肉欲を余すところなく全部ぶつけられたいマゾヒスティックな欲望で百パーセント。

「……だいじょうぶだから、はやく」

 浅瀬だけを撫でられ続ける刺激がもどかしすぎて発狂しそうだ。もっと奥まで挿れて、俺の中で日吉の熱を求めてせつなくなっている空洞を、すみからすみまでぜんぶ埋めてほしいのに。

 懇願する俺の背後で、日吉はそっと俺の手の甲をなで、俺の背骨や肩に優しくキスをする。まるで免罪符をつくるみたいに。許しを乞うみたいに。許されなきゃいけないことなんて日吉には何もなくて、罪深いのはむしろ俺のほうなのに。

 ——本当に深くしていいんだな?

 って、耳の奥で日吉の声がする。犯行予告のようなその囁きだけで、俺のナカは期待のためにぶるりと震えてしまう。ぬるぬるの蜜をまとった日吉の亀頭は俺の割れ目を前後にこすり、やがて穴の窪みに口づけする。ぬぷっ……と埋め込まれたそれは次の瞬間、俺の内側のヒダや凹凸をえぐりながら一気に奥まで突き通り——重たい杭を打ち込まれる衝撃によって俺の体は甘く引き裂かれる。

「……っ♡」

 吐く息が強くなる。でも声は出ない。日吉に身を貫かれる快感が、首を絞めるみたいに俺の喉を圧迫する。

「ぅ、……あ……」

 呼吸困難に陥る俺の背後で、日吉も息を荒くしながら腰を動かし始める。うしろから俺の両肘をつかんで、獰猛なまでに反り返ったペニスで俺のなかをぐちぐちと責め立ててくるのだ。ばちゅん、と音をたてて根元まで挿れ、長いストロークで先端ギリギリまで引き抜いてから再び一気に奥まで突き込む。日吉の熱い剛直が、こじあけられたばかりの俺のナカを何度も何度も強引に拡げながらせり上がってくる。後孔内の粘膜は休む間もなく前に後ろにこすりまくられて、ばかみたいな快感が全身を打ちのめす。さっきまであいまいな刺激で焦らされ続けていたカラダが、急に襲いかかってきた強烈な性感にパニックの悲鳴を上げる。

「……あっ♡ あ、ぁ♡ 日吉、だめぇ……♡」

 だめ、だめ、だめ、って俺がわめいても泣いても日吉は律動を止めてくれない。事務机の天板にすがりつく俺の背中の上に日吉の上体が落ちてきて、ユニフォームの生地越しに彼の胸板が密着する。日吉は少しだけ動きをゆるめながら俺の胸をぎゅっと抱きしめて、俺の耳元で、「悪い」ってささやくのだ。

 ——悪い、手加減できない……

 かすれて余裕のない声。熱い息。男の欲望によってたぎる血をめぐらせた日吉のペニスが、俺の奥深くでビクン、ビクンと弾けるように脈を打つ。その蠱惑的なふるえを粘膜越しに感じて俺は軽くイってしまう。

「はッ……ぁ、う……♡」

 俺の体を貪欲に求めてくれる日吉の力強い腕、澄んだ瞳、扇情的な腰遣い……甘く輝くイメージが俺の脳裏をうめつくす。ローションまみれのゆびさきを挿した穴の奥が、きゅうん……って切なく収縮してる。夢の中の日吉がしてくれるほど奥まで挿れる勇気はないけれど、興奮しきった体は浅い刺激だけでも怖いくらいに快感を引き寄せてしまう。断続的な絶頂の感覚に包まれて、ペニスの先からは透明の粘液がだらしなく垂れていく。

「日吉、ひよし……♡」

 ——深々と突き立てられた日吉のおちんちんが、ふたたび激しく動き始める。まだイってる最中の俺のナカは彼をぎゅうっと締めつけようとするけれど、日吉はその力に逆らって勢いよくペニスを前後させる。おなかの奥にズプン、ズプンと突きつけられる深い快楽に屈して、俺の足腰はがくがくと不安定に揺れてしまう。

「だめ、だめっ♡ もっと、ゆっくり……♡」

 こんな要求が聞き入れられないことはわかっている。わかっているからこそ、自分の要求があっけなく一蹴される快感を得たくて口に出してしまう。暴発寸前の日吉のおちんちんは俺の奥でまたおっきくなって、俺の中の気持ちいいところ全部に隙間なく届く。粘膜のすみからすみまでくまなくゴシゴシとこすって、何度も何度もくりかえし突いて、いろんな角度と力加減で徹底的にナカを責め立ててくる。

「……っ、あッ……♡」

 ビクン! と体が跳ねる。おなかの奥で激しい痙攣が起こって、電撃みたいに全身トんで、怖い。きもちいい。痛い。きもちよすぎてワケがわかんない。

 びゅっと勢いよく精液が飛び出していく。混乱しきった俺の体が射精しているあいだも、日吉はガツガツと腰を動かしたまま。俺は恐怖を感じて逃げようとするけど、背後からキツく抱き締められて逃げられない。日吉は時々せつなげな声をもらしながら俺の耳を舐め、俺のうなじを甘噛みし、イった直後の俺のナカを容赦なく突き回す。ぬちゅっ、ぬちゅっ、ぬちゅっ、と粘液の混ざった摩擦音は徐々に加速し——やがて俺の中で日吉のペニスが爆ぜる。

「あっ……♡」

 激しく脈動するペニスの先から精液が噴き出し、俺の奥を甘い毒で満たす。熱い幸福がからだじゅうの神経をかけめぐる。

「……ひよし……」

 絶頂の後の沈静——その心地よさにひたる間もないまま、日吉はまた腰を動かし始める。精液まみれでぐちゃぐちゃになった粘膜の内部を、まだ勃起したままのペニスが無慈悲に掻き回す。日吉はほとんど苦悶の声を上げ、汗をまき散らし、顔を真っ赤にしながら欲望のままに俺を犯し続ける。日吉が腰を突き出したり回したりすると、背骨を駆け上がってきた快感が脳を撃って俺の意識をぐらぐら揺らす。

 ——俺も好きだ。お前のこと……

 さっき聞いた日吉の声があたまのなかでこだまして、生クリームみたいにとろとろと俺の脳みそを溶かしていく。——あの声は夢だっただろうか? それとも現実? まぼろしと現実のさかいめが混沌としたまま、俺はまだ身体のすべてを大好きな人に支配されている…………

(後編に続く)
[24.06.06]


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