2026 Jan 104
《楽しい時 苦しい時 いつだって君がいたから/今の俺があるさ》
正しく本心に違いないんだろうけど、他の曲での感情表現が迂遠すぎるせいで、こんなストレートかつ牧歌的に言い切られると逆になんか裏があるように聴こえてしまう。冗談だけど。
《終わらない未来への long good-bye》みたいな、読解を拒んでくる言い回しに慣れてしまった。

《You Go Further Away/俺たちに 遠慮とか容赦なんかは 必要ないだろ?》
このメッセージ自体よりも、本来いまさら言うまでもないはずのことをここでわざわざ言っている意味(メタメッセージ)のほうが重要そうに感じる(これは冗談でない)。
何らかの理由で遠慮や容赦が生じるかもしれないことを可能性として意識している物言い。これは原作のセリフを反映しているわけですが。

サビに入ると声にエフェクトがかかる。もっとしっかり声聴かせてよ〜って思うんだけど、あれがまた「一歩退(ひ)いてる」感に拍車をかける。いわずもがな「黒色のオーラ」の歌唱のド直球な音圧とは真逆。

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《あの日があるから今があるといつか振り向くなら/それは今日さ》

《あの日があるから今がある》
ここまで聴いた時点では自然に、過去→現在という時間の流れで受け取る。「あの経験があったから今の自分がいる」という、シンプルな回想。(for Yourselfの《楽しい時〜》と同じ)

《といつか振り向くなら》
ここで突然、未来からの視線が導入される。《いつか振り向く》主体が現れて、一瞬前まで「現在」だと思っていた「今」が、実は「振り返られる対象」だとわかる。

《それは今日さ》
ここで「いつか」が「今日」に折り畳まれる。

過去を回想していたと思ったら未来から今を見ていたという構造…だけど、音として聴くときにここまで思考している時間的余裕はなく、ただ《今日》の力強さと、時制の揺らぎによる漠とした違和感が残る。…ような気がする。
一見すると《楽しい時〜》と対称になっているように感じるけど、微妙にズレてる。

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《いつもおまえがいるから 夢を思い出す》

《思い出す》のは、夢が過去にあるから。今ここで新たに抱くのではなく、かつて存在して、一度失われた(あるいは忘れかけた)ものを取り戻す行為。

「おまえがいるから思い出す」のは、裏を返せば「おまえがいないと夢を忘れてしまう」ということ。相手が自分の夢の保管場所になっている。
自分の中にあるはずの夢なのに、相手がいないとアクセスできない。《おまえ》という存在を経由しないと、自分の夢が自分のものとして感じられない。自己の一部を他者に預けてしまっている(そこに《Let Me Set You Free》と返される!)

うーん……やっぱりこのフレーズ超大好き。
たぶん作中の文脈を知らない人が聴いても、この一文だけで二人の力学の大枠を掴めるんじゃないか。逆にいうと、キャラクターの背景の有無にかかわらず、この短い文字表現だけでも相当にロマンティックなものを描き出していると思う(こういう関係をロマンティックと評すのは私の趣味だが)

3歳でも5歳でもなく4歳で知り合った設定になっているのが絶妙。3歳では出会いの記憶が残りにくく、5歳では社会化されすぎている。
4歳なら記憶は残るけど、自分と他者の区別がまだ完全ではない。「出会った」という意識はあるものの、それ以前の自分を思い出すのは難しい。「彼がいない自分」をほとんど知らないまま育ち、人格形成の柔らかい時期に繰り返し刻み込まれる「彼に敵わない」ことが自我の土台=自分が自分であるための条件そのものになってしまう。
…だからこそ《今 本気で勝ちたい》が重いんだけど、結果としては負けているのがなんとも。


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