2026 Jan 120
(こんなことは10〜15年前に散々語り尽くされてるんだろうな、と思いながらずっと書いてますが…)

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《Let Me Set You Free
 それでいい これからは自分の為に
 歩め Living for Yourself》

今までは誰の為にfreeでなかったのか、ということは言っていないのが超ずるい。しかし原作とアニメでは《部の為》《立海3連覇の為》《部の事を一番に想って》とされているから、その種の大義名分を挟んでいないぶん作中描写よりは正直かもしれない。歌詞のみ単体で見ると完全に一対一関係の話になっていて、第三者の存在や外的な動機は読み取れない。


なんかこう…非明示的・間接的な物言いって、「秘すれば花」と受け取れるものもある一方で「うるせえもっと正直に言え」と思ってしまうものもあり。どこに境界線があるんだろう。
この歌詞の表現は絶妙なラインで前者として受け取れるんだけど…

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《絶望さえ 恐怖さえも 世界の終わりじゃない》
直感的な語用感覚なら、「恐怖さえ 絶望さえも」になる気がする。
恐怖より絶望のほうが深刻、あるいは恐怖の先に絶望がある、という漸層法的な感覚。

《恐怖》は反応的な感情であるのに対し、《絶望》は希望を完全に失った状態で、より究極的・終局的なニュアンスがある。そして修辞としては、列挙する感情が強度や深刻さを増していく配置のほうが“自然”。
《さえ》→《さえも》と強調も強まっているから、内容も《恐怖》→《絶望》と深まっていくほうが、形式と意味が呼応して収まりがよく、《世界の終わりじゃない》という結論に向けたクライマックスとして分かりやすそうに感じられる。

《絶望さえ 恐怖さえも》——この語順だと《恐怖》のほうがより重大な問題として読める。
勝てない絶望は10年間ずっと知っているけど、恐怖はこのとき初めて抱いた種類のものだったから…とか?

Google完全一致検索では:
 “恐怖も絶望も” 302件 / “絶望も恐怖も” 132件
 “恐怖や絶望も” 56件 / “絶望や恐怖も” 30件
 “恐怖や絶望さえ” 9件 / “絶望や恐怖さえ” 1件
数は少ないが、まあ有意な差といえるかな…

《風が吹き荒れ 時が動いた
 絶望の裏側に 夢の続きがある》

ここは恐怖ではなく絶望。

「for Yourself」でも、絶望→恐怖の順で呼応している。ただし、君→自分と主語を変えながら。
《絶望さえ 君は打ち砕いたのかい?
 恐怖を抱いた 自分にももう余裕はない》
《恐怖》が《君》から《自分》へと転移してきた、と読むと面白そう。

…「(俺の)絶望さえ (おまえの)恐怖さえも 世界の終わりじゃない」…という読み…はさすがに不自然だよな…??
……直前の一人称が《俺たち》と複数形だから、ありえなくもない…?ような気もしてきた

《非情なる本気こそが 俺たちの勇気だから
 絶望さえ 恐怖さえも 世界の終わりじゃない》

あとで検討しよう…


「黒色のオーラ」も一対一関係の話だけど、《絶望の裏側に 夢の続きがある》というフレーズはもっと共同的な“夢”も想起させる。
(インスパイア元の「夢の続き」と「夢の続きⅡ」の歌詞がそういう内容だから)
あと上で挙げた《非情なる本気こそが 俺たちの勇気だから》も、少なくとも直感的には、二人に限定されず立海全体の描写っぽくもある。

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《友情あればこそ 今 本気で勝ちたい》
《神に捧げるのだ 全力を》

この二つが並立する関係は、異常。
どちらも本心に違いないだろうけど、どちらが本質かと考えるとどちらも違う感じがする。


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