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友だちの話 (2ページ)


 いつのまにか眠りに落ちていて、目がさめたらやわらかい感触に唇を食まれていた。上唇と下唇が交互に吸われ、ときどき濡れた舌先が子猫みたいに周囲を舐め回る。薄目を開けたら、鳳は名残を惜しむように二、三度俺の唇をついばんでから、「おはよ」とはにかんだ。

「なんでお前が先に起きてるんだよ」
「なんでって言われても……。日吉も寝不足だったんだな」
「……何時だ、今」
「まだ二時前だよ」

 昼過ぎにしては薄暗い。窓に雨粒の打ちつける音が聞こえ、カーテンには青白い光が透けていた。

「もう少し寝ておいたほうがいいんじゃないか?」
「ん、でも目が冴えちゃったし。せっかく日吉といっしょなのに寝てばっかりじゃもったいないし」
「……お前、寝てる俺に何してたんだ」
「何って……」

 鳳は俺の髪をかきわけて耳元に唇を寄せ、俺の耳や首や髪の生え際に水気のあるキスをいくつも落とした。ぞわぞわきて体の奥が震えた。毛布の中で、鳳の体がのしかかってきて俺の身を心地よく押しつぶした。

「ねぇ、さっきみたいに声出してよ」

 鳳は俺の耳のすぐ近くでしゃべった。唇が耳たぶをかすめるくらいの距離で、いつにもましてあまったるい声で。

「なんだよ、さっきって」
「寝てるときの日吉、俺が耳とか首とか触るたびにちっちゃい声出してたよ。すっごいかわいかった」
「……変態」
「うん……それでもいいや。日吉に触れるなら」
「お前、俺のどこがそんなにいいんだ?」
「どこが、とかじゃないよ。日吉の全部が……っていうか、日吉が日吉であることが好き。心も体も全部だいすき」

 ベッドがきしんでかすかな音をたてた。鳳は唇と舌と声と言葉で俺の耳を優しく愛撫しながら、片手で俺の腿を撫で始めた。手つきは泣けるほど柔らかいのにきわどい場所にも遠慮なく這ってきて、小動物の背でも撫でるみたいに控えめにさすられるだけで俺はあっけなく勃起した。あたたかい手がズボンの前を開き、内側に忍び込んできて先っぽをつまみ、握りしめて軽くひねり、根元へ下って指先でまさぐる、ひとつひとつの刺激にいちいち体が反応した。声がもれるとか腰が跳ねるとか息が乱れるとか、俺の身体が興奮を隠せなくなるたびに鳳は露骨によろこび、だだもれになったその幸福感は甘い芳香になって俺の身を包んだ。

「日吉かわいい……。気持ちいい?」

 鼓膜のすぐ近くから注がれた囁き声は、もはや媚態でないことがおかしいくらいとろとろに溶けきっていた。頭の中いっぱいにその声が響いて脳髄が震え、俺の頭は意思の判断を待たずに首肯の動きを見せてしまった。声でも言葉でも指遣いでも、ピンク色のハートマークを大量に投げつけられて攻撃されているみたいだ。俺は反撃する気さえ削がれてしまい、あまりにも過剰なそのハートの嵐にただ身をさらすことしかできなかった。ゲームだったらそろそろMPってやつがゼロになるのかな、とか考えたところで鳳はやっと攻撃をやめ、もう完全に骨抜きにされた俺の体を一度、優しく抱きしめてから離れていった。

「……なんか夏みたい。冬なのに」

 鳳は毛布をたたんでベッドのすみによけた。エアコンの暖房が邪魔に感じられるくらい体が熱くなっていた。

「それにしても日吉、この服めちゃくちゃ似合わないな」

 俺の着ているセーターにふれながら、鳳はうれしそうに笑った。その失礼な笑顔に俺はほっとした。

「お前が選んだんだろうが」
「これがいちばんサイズが合いそうだったから……。でも、なんか」
「なんだよ」
「日吉が俺の服着てるの、すっごい興奮する」

 そう言って頬を染めたくせに、鳳は前立てのファスナーを下ろして俺のズボンを脱がせにかかった。突然のことに思考停止した俺の脚から、生成り色のデニムパンツがするりと引き抜かれる。

「日吉、やっぱり脚きれい」
「いやお前、言ってることとやってることが矛盾してるだろ」
「だって、その……このズボン生地が硬いから、ここ痛いかなって」

 ここ、と言いながら鳳はまた俺の——正確には俺が借りて穿いている——下着にできた膨らみを撫でつけた。しなやかな手のひらで何度もさすられると、甘い波動が脳に押し寄せて腰が逃げた。

「……しっ、しつこく触ってんじゃねえ、そんなとこ」
「でも日吉、どこでも好きなだけ触っていいって言ったよ?」
「いや、それは」

 長い手が下着の上から性器をつかみ、そっと弱い力で揉みしだく。輪郭を確かめるみたいに指先でなぞり、頂へと上がって、先端の穴をえぐるように爪で掻く。鳳は俺の両脚のあいだで身をかがめ、愛おしげにそこを触り続けた。褒められた感情ではないだろうが、その姿を見ているとうぬぼれめいた喜びが湧き上がってくるのを止められなかった。きのう鳳にチョコを渡したヤツらはこいつがこんな顔をすることなんて想像もできないだろう——という。

 教室や部活では清廉なイメージで通っている。イメージだけでなく実態だって、道徳の教科書そのままみたいに健全な青少年だ。そういう男の欲望の全部が自分を向いている。その状況だけでも頭がくらくらして目が回りそうなのに、初めて体験する物理的な刺激まで合わさって死にそうだった。死にそうなくらい気持ちよかった。

「……日吉、俺でも興奮してくれるんだ。うれしい」

 薄いグレーの下着にできた染みはさっきよりひとまわりもふたまわりも大きく広がり、中身は布に浮き出たシルエットからも一目瞭然なくらいみっともなくガチガチになっていた。鳳は目を細めてそこにくちづけた。ほんの一瞬の、遠慮がちなキス。やわらかい唇が布越しに亀頭を押した。やっぱり気持ちよすぎて死にそうだった。

「……お前『でも』、じゃねーよ」
「え?」

 お前“だから”こんなにダメにされるんだ——と、口に出しては言えなかった。俺はかわりに身を起こし、鳳の体をひといきに押し倒してやった。形勢逆転。鳳はぽかんと間抜けな顔をした。

「お前も脱げ」
「えっ……お、俺はいいよ。恥ずかしいし」
「なんでだよ、不公平だろ。恥ずかしいのはこっちも同じなんだよ」
「や、でも……日吉はいいじゃん。かわいいしかっこいいしきれいだし、恥ずかしがる理由ないだろ」
「なに言ってんだ、そんなのお前のほうがよっぽど——

 恥ずかしいセリフを口走りかけて、俺はとっさに言葉を呑んだ。鳳は期待の目で俺をうかがった。

「とっ、とにかく脱がすぞ」
「ぅえっ」

 鳳はヘンな声を出してあとずさったが、ベルトのバックルに手をかけたら硬直しておとなしくなった。ズボンを脱がすと、引き締まった腿と白い脛があらわれた。鳳はパニクった様子で起き上がって両膝を立て、股間を隠す体勢で縮こまった。

「お前、ひとのことはさんざん好きにいじりまわしてくるクセに……なんで自分はそんなに及び腰なんだよ」
「……だ、だって」
「だって?」

 閉じられた脚のあいだに強引に手を入れて、下着にできた山をつかむ。鳳は目を白黒させて背後の窓まで飛びのいた。

「だめだよ、触ったら」
「なんでだよ。何がダメなんだ」
「だ、って……日吉に触られたら俺、どうなるかわかんない、っていうか」

 鳳は真っ赤になってうつむいた。瞬間、自分の奥でバチンと音をたててスイッチが弾けるような衝動が起こり、俺は気づいたら窓際の鳳に迫っていた。カーテン越しの弱い光が、背後からその姿を照らしていた。

「えっ……」

 動揺の声を上げた鳳の頬を両手で包んで、上から顔を近づけていく。俺のそれに潰された唇はまるで捕食されるのを待つかのようにおとなしく、鳳は夢心地みたいな顔になって俺の背中に腕を回してきた。ひとつキスをするたびにその腕が震え、ん、と頼りない声がもれた。

「口、あけろ」
「ぅん……」

 戸惑いがちに開かれた前歯のすきまから、舌先で中に入った。舌と舌がふれ、濡れた粘膜同士が絡まり合う感触に一瞬、腰が抜けそうになった。ひるむように引っ込みかけた鳳の舌をとらえて、舐めて、自分の舌先の届く限り口の中の粘膜を撫でていった。ときどき反撃をくらったり、事故的に舌を噛まれたりした。やがて鳳は俺にしがみついたまま身悶えるように体を震わせ始めた。股の間に入れた手で下着の膨らみをまさぐると、身震いはますます激しくなった。そこは俺がふれる前からすでに硬く、下着越しにも熱を感じた。

「すげー硬いな、これ」
「……俺、日吉のこと触ってるだけで死ぬほど興奮しちゃったから。ごめん……」
「べつに謝れとは言ってねえよ」

 “死ぬほど”興奮するような魅力とかが自分にあるとは思えないが、こいつにとってはそうであるらしい。そう思うと精妙な充実感が胸を満たした。抱き合ってキスをしてお互いを吸い合いながら、鳳の腿を撫でて開かせた。かたくなに閉じられていた両脚はいつしか俺の手に屈服するみたいに脱力し、俺は右手を下着の中にすべりこませた。しめった熱気が俺の手を出迎えた。

 当然だけどこんなことは初めてだ。同じ男でも自分以外のものを触るのは緊張したし、それ以上に興奮した。内心おそるおそる動いた俺の手のなかで、それはびくびくと脈打ちながら手ごたえを増していった。握ってしごいたときの太さと長さが自分のそれよりも大きいような気がした。ひかえめな女子とか以上に柔和で人畜無害そうな外面に似合わず、だ。幼かった頃のあどけない風貌を思い出すと、いま自分の手のなかで暴発しそうな男の欲望との落差は俺の脳をよけいに興奮させた。

「日吉、それ……ダメだって」

 鳳は俺の肩で鼻息を荒げ、俺の手の動きによって身じろいだ。次第に興が乗ってきて、俺は痛々しいほど張りつめた性器を遠慮なくしごき続けた。

「……っ♡ あ、やぁ……だめ、日吉、」

 だめ、だめ、と呻く鳳の体液によって俺の手は濡れつつあった。性器をしばらく触り続けていると特に弱いポイントや攻め方のコツもわかってきて、俺は目の前の男の弱点をひとつずつ手の内に落としていく達成感で昂揚した。——ハートの猛攻を受けるのも悪くはなかったが、俺はやっぱり自分から攻撃するほうが性に合っている。

「ん、んっ♡ あっ……ぁ……♡」

 燃えるような抱擁と口づけのさなかで、鳳の全神経が快楽に打ちふるえているのがわかった。その快楽が伝播するみたいに、俺の脳の深奥ではぞくっとする歓喜が始まって体じゅうを走り抜けた。鳳はやがて子猫みたいな——とかいう比喩を百九十センチ近い大男に使っている俺もなかなかイカれてきたが——高い声を上げてのけぞったあと、俺の上体を全力で締めてきた。しなやかな筋肉に覆われた両腕が締め具となって、俺は体の自由を奪われ手を動かすこともできなくなった。鳳の体は俺を拘束しながら震えていた。

「おい、いてえよ」
「……っ、ご、ごめん……」

 鳳の腕から力が抜け、俺は怪力から解放された。サウナで汗をかいた直後に百メートルコースを全力疾走したってここまでにはならないだろうと思うくらい赤く、興奮の熱気と水気に満ちた顔で、鳳は長い息をついた。吐息は俺の首にかかって皮膚を熱く撫でた。

「ごめん、俺もう」
「もう?」
「……でっ、出そうだったから……」
「……出せばいいだろ」

 鳳は気まずそうに目をそらしてうつむいた。まだ五分も触ってないのに早いなと考えた俺の思考を読んだのかと思ったが、後に続いたのは予想外の言葉だった。

「……でも日吉にこれ以上無理させるの、申し訳ないから」
「は? どういう意味だ、無理って」
「さすがにこれ以上……その、男のこんな姿、見たり触ったりするの抵抗あるだろ」
「……」
「俺も……なんていうか、あんまりみっともないとこ見られて幻滅されたくないし」

 あれだけ気持ち悪くないと釘を刺して百何十回キスしてもこれなのか、お互いにここまでいろいろやっておいて今さら抵抗もクソもないだろう……と、俺は呆れと怒りでしばし絶句した。俺はただ自分の欲動のままに動いているだけだ。この男を抱きしめたいと思った。体に触りたいと思った。決してこいつに気を使って無理をしたなんてことではないのに、その気持ちが伝わっていないことが歯がゆかった。

「お前、まだそんなこと言うのかよ。気持ち悪くないってあれだけ言っただろうが」
「でも……それだって限度があるだろ。俺はずっと日吉のことが好きで、ずっと触りたいって思ってたけど、日吉はそうじゃないんだし……。俺は自分が日吉に触れるだけで満足だから、日吉は無理しなくていいよ」
「……あのなあ」

 鳳が触るのはOKで俺が触るのはNGという線引きも不可解だが、なんにせよ卑屈モードに入ったこいつに理屈は効きそうにない。結局はまた行動で分からせるしかないのだ。

 俺は鳳のシャツの襟を引っ掴んでその顔を自分の眼前に引き寄せた。鳳はおびえた目で俺を見返した。

「お前は手出しするなよ」
「えっ、……な、なに?」
「……ったく、面倒な服だな……」

 鳳は襟付きのシャツの上にボタン開きのVネックベストを着ていた。力任せに引き裂いてしまいたい気持ちを抑え、ベストとシャツのボタンをひとつずつ外して脱がせると、素肌の上にかけられたネックレスの十字架が胸の谷間で揺れていた。

「これ、どうやって外すんだ」
「え……」

 首の後ろに手を回し、勘で金具をいじっていたらじきにネックレスも外れた。たたんだ衣服と一緒に床に置き、靴下と下着も脱がせてその上に放った。鳳はまた体を隠すように縮こまったが、俺はその体を力ずくで開かせてベッドに押し倒した。上から覆いかぶさって耳元に口を寄せ、さっき自分がされたみたいにあちこち吸って回った。

「っ……ぁ、あ……」
「……お前な、あんまり見くびるんじゃねえぞ。俺だって——
「まっ……待って日吉、そこで声出しちゃダメっ……」
「俺だってずっと好きだったんだよ。気づくのがちょっと遅れただけだ!」
「……そんな、ぁ……♡」

 勃起したままの性器が下着越しに俺のそこにあたっていた。腰を動かして擦り合わせると、甘痒い快感が起こって体の中心から末端までを官能的に痙攣させた。はじめ鳳は不安そうに表情をこわばらせていたが、やがてふぬけた顔になってうわずった声で喘ぎ始めた。俺たちは脚と脚を絡め合い、取っ組み合うように互いのたかぶった性器を押しつけ合った。くっついたところから気持ちよさが流れ込み、あふれ出した。ベッドの上で転げ回り、じゃれあいながら、たぶんふたりとも同じだけ感じて満たされていた。お互いの体の震えがひっきりなしに伝わってお互いの体を震わせ、ふたりぶんの感覚が混ざりあってどこからどこまで自分の快感なのか区別できなかった。

「……日吉……」
「な、なんだよ」
「……」

 鳳は何も言わずに目を閉じた。まぶたから涙があふれていた。俺は唇と指先でその涙をぬぐいとってから、両手で鳳の身体のいたるところを撫で、あらゆる部位に唇を押しつけた。あらゆる部位に——それでも少しだって気持ち悪いなんて思わなかった。俺が愛撫するたびにたまらず声をもらし歓喜に震えるその体を好きだと感じるだけだった。無駄なく鍛えられた裸体はなめらかな光沢に覆われ、筋肉のでっぱったところに窓からの弱い明かりをのせていた。快感に悶えた鳳が背をそらすと腰が悩ましく突き上げられ、胸の下には肋骨の起伏が浮かび上がった。広い肩も厚い胸板もたくましい脚も、男らしい豊かさと繊細な曲線美とを兼ね備えて美しかった。

「はっ……ぁ♡ あ、ひよし、」
「なんだ」
「そ、そんなとこ舐めたら汚い……」
「べつにいいだろ。俺がやりたくてやってるんだから」
「でも……っ、あ……♡」

 俺が自分よりひとまわり大きい男の体を裏返し、ねじり、寝かせたり起こしたりしながら体じゅうにくまなく手と舌を這わせているあいだ、鳳は俺が言いつけた通り手出しをしてこなかった。単にそんな余裕がなかっただけかもしれないが——ただ俺の髪や肩を撫でながら荒い呼吸に胸を上下させ、されるがままになっていた。

 痛々しいほど腫れ上がった性器は極限まで上を向いて腹にくっつき、柔らかい果肉のような亀頭をむきだしにしていた。俺が腿や膝を撫でていると、鳳は辛抱できなくなったように自分でそれを握ってしごき始めた。俺は無言で自慰にふけるその忘我の表情と、徐々にこなれていく卑猥な手つきから目が離せなかった。

「……俺にやらせろよ、それ」
「えっ」

 俺は鳳の手から奪い取るようにしてそれを握り、上下に手を動かした。鳳は痙攣的にびくついたあと、「ああ」とか「うぅ」とか不明瞭な声を上げ始めた。喘ぎ声とは違う、混乱のような感慨のような妙な声だった。

「なんだよ、その声。……痛かったか?」
「違う……」

 鳳は泣きそうな顔でかぶりを振った。

「なんか、あらためて感極まっちゃって……。日吉にこんなことしてもらえる日が来るなんて、夢にも思わなかったから」

 鳳は俺の手を見、それから俺の目を見た。視線が俺を引っぱり、俺は鳳の間近まで顔を近づけていた。

「……俺、こういうの何百回も妄想したけど、そのたびに罪悪感と悲しさが溜まるばっかりで。だから今、ほんとに夢みたい」
「何百回、って」

 思わず復唱すると、鳳は失言をしたといわんばかりに表情を曇らせた。

「先に言っておくが、気持ち悪いとか思ったわけじゃないからな」

 あの合宿の日から三か月間——そしてもっと前から、鳳はまさにこのベッドの上で俺との行為を幾度となく想像しながら、俺の前では“ただの友達”の顔をつくっていたんだろう。自分はどうしてそれに気づかなかったんだろうかと、今となっては不思議に思う。俺はそんなに鈍感な人間だったんだろうか。

「……いやじゃないの? 俺、日吉のことずっと、その……」
「オカズにしてた、ってか」

 鳳は無言で目を伏せた。きわめて饒舌な返事だった。

「嫌だったかもな。お前以外の誰かなら」
「……俺だったらいやじゃない、ってこと?」
「ああ」

 そこまで想われていることがむしろうれしいって、それが偽らざる本音だった。鳳はまるで天を仰ぐみたいに俺を見た。

「ほんとに都合のいい夢みたい。俺、あした突然死んだりしないかな」
「アホか。縁起でもない」

 唇がお互いを引き合った。鳳はキスをしながら俺の後頭部を押さえ込んできたので、俺は口をふさがれたまま、血液と欲望をみなぎらせて過熱する器官を手の中でなでまわした。自分の手が彼を感じさせるようにと願いながら握り、締めつけ、しごきたてた。鳳はまるで拷問を受けるみたいに狂乱的に反応した。

「……日吉、だめ、俺もうだめ……日吉の手で触られるの、どうにかなりそう」
「んな大げさな」
「おおげさじゃないよ……」

 血をめぐらせて赤くなった亀頭は唇と同じ色をしていた。粘液で濡れたその唇を刺激すると、鳳は一瞬ひきつったように両手でシーツを握り締めた。硬直がその体に広がり、俺の手の中で膨張しきった男根はびくびくと脈打った。追い打ちに数回しごくと、緊張のピークに達した鳳の体からは恍惚と苦悶の入り混じった甘い声が、そして刺激的な香りの液体が噴出した。俺はとっさに手のひらでそれを受け止めた。温かくてぬるぬるしていた。

「あっ、あ……あぁ……っ♡」

 射精のあいだ鳳は喉を反らしてうめいた。自分の手がこの男を感じさせ達させたのだという実感がこみあげ、俺は自分でも意外なほどうれしくてたまらなくなっていた。めまいの発作のような痙攣が収まると、鳳の体はぐったりと沈み込んだ。頬や耳は恍惚の余韻をとどめて赤く、息は荒かった。

「……ごめん、日吉……」
「は? 何がだよ」
「手、汚させちゃって……。二階のトイレに石鹸もハンドジェルもあるから、洗ってきていいよ」
「……お前なあ。こんなときに水をさすようなこと言うんじゃねーよ」
「えっ?」

 射精直後の性器をしごくと、鳳はまた狂ったように「やめて」とわめいた。腰が跳ねてベッドがきしみ、亀頭の裂け目からは中に残っていたらしい精液があふれ出た。

「やっ、ぁ、だめ、放して……ッ!」
「汚いとか気持ち悪いとか微塵も思ってないんだよ。これも百回やらないと分からないか?」
「わっ、わかったから。もう言わないから!」
「絶対だろうな?」
「絶対だよ、絶対。こんなの百回もされたら俺、ほんとに死んじゃう……」

 鳳はしばらく放心状態でベッドによこたわっていた。腹に落ちた精液をぬぐってやると、恥ずかしそうに顔を赤らめた。

「ごめん……なんか俺ばっかりいろいろしてもらっちゃって」
「べつに。手出しするなって俺が言ったんだし」
「……今はもう手出ししてもいい?」
「えっ」

 鳳は寝転がったまま、枕元に座っている俺の股間に手を伸ばしてきた。思わず腰を引いたが、鳳の手は下着の上から遠慮なく俺を握った。

「今度は俺の番……で、いいよな?」
「い、いや……」
「日吉、俺に触られるの嫌?」
「そういうことじゃねえって」
「そうだよね、気持ち悪くないんだもんね。だったら俺から触ってもいいよね?」
「……だからお前、なんでそっち側に回るとそんなに強気なんだよ」
「へへ」

 鳳は目を細めて俺の脚を撫で始めた。汗ばんだ大きな手が腿を這い、膝の山を越えてつま先へと至った。スポンジケーキにクリームを塗り重ねるみたいに、何往復も丹念に撫でられた。本当にクリームとかジャムとかを塗り込まれて甘口にされていくみたいだった。

「日吉、冬でも日焼け跡できてる」

 鳳は指先で腿の肌色のさかいめをなぞり始めた。部活のハーフパンツの丈に沿って、膝の上でわずかに皮膚の色が変わっているのだった。

「誰でもこんなもんだろ、屋外の運動部なんて」
「俺、冬はさすがに色戻るけどな。あ……俺これから毎日、部活の前に日焼け止め塗ってあげるよ」
「いや自分で塗ってるっての」
「そうなんだ。ざんねん」

 鳳は身を起こし、正面から俺の脚の間に入ってきた。両手は俺の腿の日焼けしていないゾーンを撫でていて、俺はそのくすぐったさにこっそり唾をのんだ。

「……でも普段は見えないとこだけ色が白いの、やらしくていいね」

 鳳はその場でうつぶせに寝そべってシーツに肘をつき、両腕で俺の腿を取り押さえるように抱えた。その顔が股に近づいてきた瞬間、心臓が飛び跳ねて口の中にどっと唾が湧いた。下着の中で、勃起した性器は強烈な緊張と軟弱な期待に引き裂かれそうだった。

 借り物の下着の薄い生地は汗やら体液やらで湿り、内側で膨れているモノに張り付いていた。鳳はそれを見つめて感嘆めいた息をつき、唇の間からわずかに舌を出した。赤い舌はためらうそぶりもなく俺の中心に着地した。

「っ……!」

 濡れた舌先が布越しに亀頭のくびれをとらえていた。なんてことない小さな刺激だったのに、俺の脳はそれを強く感じすぎてびりびりした。鳳は手のひらで俺の腿や尻や背を撫でながら、痛いほど張った性器を下着越しに舐め続けた。冗談みたいに硬くなった肉棒を柔らかな唇で押し撫でられ、亀頭をしっかりと抱きしめられ、なまぬるい舌で先端から陰嚢の裏まであちこち舐め回された。ゾクッとする快感が脳髄にうずまき、性器の内部を通る血管や尿道の管まで膨張して拡がっていく感じがした。

「っ……おい、これ汚れるだろ……」

 下着の内側から俺の体液が、外側から鳳の唾液がしみて生地はべたべたになっていた。俺の股に顔をうずめた鳳は、濡れた下着を押し上げる性器の裏側を根元から先端まで、ぺろんとひと舐めして顔を上げた。

「この下着、もともと俺のだし。俺の服を汚すのも濡らすのも俺の自由だろ?」
「いや、だからって……」
「あっ、もしかして『早く脱がせてほしい』って意味だった?」
「ちっ、ちげーよ」

 断じてそんなつもりではなかったのに、直接触られたり舐められたりする感覚を想像したら本当に早く脱がせてほしくなってしまった。でも鳳は俺をじらすみたいに布地の上からそこを舐めたり吸ったり甘噛みしたりし続け、途中からは上半身にも手が伸びてきた。セーターの中に潜り込んできた鳳の両手は、あからさまに情欲を滲ませた手つきで肌着の向こうから俺の胸や腹を撫で回し、やがて爪の先で乳首をかすめてくすぐったい電気を起こした。自分の体なのに自分のものじゃないみたいに、快感のせいで背中が反ったり跳ねたりよじれたりするのを制御できなかった。

「日吉、すっごい腰泳いでる」
「……っるさい。そんなこといちいち説明しなくていい!」
「ね、やっぱり早く脱がせてほしい?」
「……」
「言ってくれなきゃずっとこのままだよ? ねぇ」

 鳳は上目遣いで俺を見た。舌は俺の睾丸をゆっくりと撫で転がし、指先はへその窪みをつついていた。

「……おっ、お前はどうなんだよ」
「俺?」
「お前がしたいようにすればいいだろ。そんなに脱がせたいならさっさと脱がせよ」
「俺はもちろんそうしたいけど……。でも日吉の合意を確かめないまま勝手にするのはだめかなって」
「ここまでさんざん好き放題やっておいて今さら何が合意だ……」

 優しすぎる快感ばかりが下腹に溜まり続けて、もどかしさで頭がどうにかなりそうだった。こいつは善性の塊みたいな男のくせに、俺のことをからかえるとわかったらいじわるにもなるのだ。

「俺、日吉が本当に嫌だと思うことは絶対しないよ。でも日吉がしてほしいと思うことは全部、なんでもしてあげる」
「……なんでもって、そんな危険なこと言うんじゃねーよ」
「うん。ほかのひとには言わない」
「……」

 こんなのほとんど拷問だ。度を越した愛も献身も。鳳は何も言えなくなった俺の体をベッドに押し倒し、右脚を抱きかかえるように持って腿に唇を押しつけ始めた。膝の近くから始まったキスはじれったいペースで位置を上げていき、やがて脚の付け根に辿り着いた。次は左脚が同じ目に遭った。熱く濡れた唇が内腿の肉を吸い、執拗な舌が脚のきわを舐めるたびに、軟弱な本能はどうしたって自分の身体のもっとも敏感な部分に同じ感触が——下着の生地抜きで——訪れることを期待してしまった。腿には鳳のふわふわした髪がこすれ、くすぐったさはなおさら興奮を煽った。

「ね、日吉……してほしい、ってひとこと言ってくれればいいんだよ?」
「……お前、なんで今度は聞かないんだ。『もしかして俺にされるのが嫌なのか?』って」

 さっきはあれだけ自信過小だったくせに、今は不思議なくらい強気だ。鳳は俺の脚の間から俺の顔を見てほほえんだ。

「最初は不安だったけど、日吉の顔を見たらわかっちゃったから」
「は? 顔?」
「だって日吉、すっごい気持ちよさそうな顔してくれるんだもん。少なくとも嫌ではないんだな、って安心したよ」
「……な、なんだそれ。どんな顔だよ」
「どんなって……とろとろでふにゃふにゃで、今まで見た日吉の中でいちばんかわいい顔、かな」

 そう言ってうれしそうに目を細めた鳳の顔こそ、“かわいい”という形容がふさわしそうだった。羞恥と激情の火が顔を焼き、俺の手は衝動的に下着のゴムをつかんで下ろしていた。露出した性器は跳ねるように下着から飛び出て鳳の頬を打った。薄く開かれた唇のあいだにねじこんでしまいたい衝動に駆られたが、さすがに良心が勝った。

「日吉、自分で脱ぐのは反則だよ……」

 鳳は恍惚めいた声で言い、腰まで下がった下着を俺の脚から引き抜いた。続いてセーターと肌着も脱がされた。鳳はすっぱだかになった俺の腕を撫でながら、視線によって俺の体をすみずみまでなめまわした。視線が通ったところから彼の目の熱さが俺の中に侵入し、脳に至って意識をぐるぐるさせた。

「日吉の体、こんなに全部見られるの久しぶりだな。着替えとかシャワーとか、ずっと一緒にならないように我慢してたから」
「……べつに見て面白いモンでもないだろ」
「そんなことないよ。腕も脚も細くて綺麗だし、華奢なのにちゃんと男らしくてかっこいいし……」
「いや細くねーし華奢でもねえよ」

 これでもトレーニングは毎日欠かしていないし、効率よく身体をつくれるように食事の量や内容やタイミングだって理論的に考えている。同い年のヤツらと比べても、決して体の小さいほうではないのだが。

「でも俺よりは細いじゃん」

 という一言で、鳳は俺のプライドを一蹴しやがった。屈辱。

「それは身長の差の分だろ? 縦にデカいんだから、そのぶん横にデカいのもあたりまえだ。BMIとかローレル指数とかで計算したら絶対にお前のほうが数値が低いはずだ」
「いや、そこまでムキにならなくても……」

 鳳は呆れ顔で笑い、俺の頬に唇を寄せた。右手は俺のみぞおちからへそまでのあたりを撫でていた。

「十年後……いや五年後には絶対、お前よりデカくなって下剋上してやる」
「そっか、楽しみにしてるね」

 余裕綽々、って感じの返事だった。でももう屈辱を感じている場合でははなかった。腹を撫でていた手は腹筋の山々を越えて下腹に降り、性器を握ってしごき始めていた。俺のものを包み込んだ大きな手が遠慮がちな所作で上下に動くたび、鳳の手のひらの凹凸のひとつひとつを感じ取って体が甘く痺れた。

「日吉、痛くない?」
「っ、……ん」
「……そんな声じゃ、なんて答えてるのかわかんないよ?」
「……痛く、ないっ……」
「よかった。痛かったらすぐ言ってね」

 たった一枚の薄い布がなくなっただけなのに、直接触られると感覚は何倍にも増大した。感じきれることが不思議なくらいだった。鳳の手が優しく陰嚢を揉むとじれったい快感が身を包み、同時に袋の中でずっしりと重たくなった睾丸には熱い痛みがうずまいた。性器の中の導管がふくらみ、その内側を昇ってきた液体が先端から一滴、二滴とゆっくり漏れ出た。鳳は指先でその液をすくい取ると、亀頭の裏側に塗り込むように指を動かし始めた。性器のなかでも特に敏感なところだった。なまぬるく濡れた指先でそこを遠慮なくいじられこすられて、全然優しくない強烈な快感が下腹を貫いた。何度も腰が跳ね、ベッドの骨組みの派手にきしむ音が俺の耳を辱めた。

「日吉、ここ弱い? すっごいビクビクしてる……」
「よ、わくねえ、よ」
「そう? ……じゃ、弱くないならいっぱいしてもいいよね」
「いや違っ——……っあ、あッ、ぁ……♡」
「かわいい。自分で墓穴掘っちゃったね?」
「っ……もうやめろ、って……!」

 両手で鳳の体を押しのけようとした。もがいて逃げようとした。でも鳳は上体の重みと片腕で俺を押さえつけて逃がさなかった。道場の中でなら寝技をかけられたって反撃できるのに、今はどうしても体が言うことを聞かなかった。体の自由も性感も牛耳られたままだ。

「……ゆっ、ゆび……」
「うん? 指がどうかした?」

 指先で亀頭を小刻みに引っかきながら、鳳はまた俺の耳元でしゃべった。

「とめろ、よ、……っあ♡ も、もうだめ、だから……」
「……だめ、やめてあげない。どこでも好きなだけ触っていい、って言ったのは日吉だよ?」
「そっ、それは……」
「日吉は前言撤回なんてしないよな? 男なら有言実行、だろ?」
「……っお前、あとで覚えてろよ……!」

 ピンポイントな攻撃はいつまでもやまず、強すぎる快感はほとんど苦痛になって俺を追いつめた。声を抑えようとしても間に合わず、喉の奥からは弱々しくてなさけない声がいくつも漏れた。

「ここ、ほんとに弱いんだね。……こうやって手のひらで撫でるのも気持ちいい?」
「んっ……ぅ、あ、あぁ……♡」
「声かわいい……。いつもの日吉じゃないみたい。できることなら録音しておきたいくらい」
「……そっ、そんなことしたら絶対一生絶交だからな!」
「日吉、憎まれ口が小学生みたいだよ? かわいいなぁ」
「だからお前、それやめろって……」

 かわいいかわいいと耳元で繰り返されるたびに、ぞわっとする寒気が背筋を通り抜けた。自分ほどかわいげのない子供もそうそういないって、自分がいちばんよくわかっているのだ。

「それって?」
「かわいいとか言うなよ、男が男に向かって……」
「日吉、それ昔からずっと言ってるよな。実際かわいいんだからしょうがないのに」
「……俺はお前みたいに、男でも女でも関係ない、って思えるタイプじゃないんだよ。『男なのに』とか『男のくせに』とか、ナンセンスだとしてもこだわらずにいられないっつーか……」
「……」

 鳳は少し黙ってから続けた。

「俺、全然そんなふうに考えてないけど」
「え」
「男でも女でも関係ない、とか思わないよ。いつも男らしくてかっこよくて頼りになる日吉が、『男なのに』こんなに弱っちゃって、『男のくせに』女の子みたいな声を出しちゃうから……だからこそかわいいって思うんだもん。めちゃくちゃこだわってるよ、俺だって」
「……な、なんだよそれ」

 そんなのよけいに屈辱的じゃねえかと考えた瞬間、鳳の手は俺の中身を絞り出すみたいに動いた。さっきより強い圧迫感で何往復もしごかれると一気に射精感がこみあげ、俺は必死に噴出をこらえた。でももう我慢も限界が近そうだった。鳳はやっぱり「かわいい」と言って俺に鳥肌を立てさせた。

「それに日吉、さっきから俺がかわいいって言うたびに反応してるよな。ここ、すっごいビクビクしてるよ?」
「しっ、してねえよ」
「してるよ」
「……て、ない、……っ!」
「してるよ……」

 鳳は小憎らしいほど幸福げにほほえみ、俺の頬や唇にくちづけて回った。唇は顎を通って喉に下り、さらに鎖骨を越えて胸に至った。乳首の周りをねちっこく舐め回され、周囲の薄い肉と一緒に中心を吸われると、透明な痙攣の波が皮膚を痺れさせた。背中がのけぞって吐く息が震え、両手は反射的に鳳の体にしがみついてしまった。

「日吉、ここも感じるんだ。いつも自分で触ってる? もしかして」
「……触って、ない」
「ふーん……」

 舌先は乳首を舐め続けた。上下左右に軽く転がすように、あるいはねっとりと撫でつけるように。ときどきチュッと吸われ、前歯で優しく噛まれ、指先でいやらしくくすぐられた。左右の乳首が交互に甘い拷問に遭っているあいだも性器は容赦なくしごかれているままだった。

「……俺も嘘は下手だし、とくに日吉にはすぐ見破られちゃうけどさ」
「な、なんの話だよ」
「俺だってずっと日吉といっしょにいて、いつも日吉のこと見てるんだよ。日吉の嘘くらい、俺にだって見抜けるんだから」
「うっ、嘘じゃねえ……」
「じゃ、こういうの初めて?」

 鳳は至近距離から目を合わせてきた。俺は目を伏せてうなずいた。

「……あたりまえ、だろ」
「そっか、初めてなのにこんなに感じちゃうんだ。日吉、やらしいね」
「違っ……あ、やっ、やめろって、…………っ♡ ん……はっ、あ、あぁ……♡」
「……ほら、ぜんぜん説得力ない」

 鳳は満足そうに目尻を下げ、ふたたび俺の胸の先に吸いついてきた。なさけないけれど右側を舐められていると左側が物足りなさでうずき、左側をいじられると右側がせつなくなった。自分の声が耳に入るたびに体がかっと熱くなり、恥ずかしさで死にそうになったけれど、我慢しようとして体のどこにどう力を入れても無駄だった。

「そんなかわいい声、部活のみんなには聞かせられないね。……ね、日吉部長?」

 鳳はまた甘い声でささやいた。それは俺なんかよりもずっと“女の子みたいな声”で、腹立たしいことに可憐ですらあった。鳳の手つきはさっきよりも強く速くなり、いよいよ本気で射精を促そうとしているのが伝わってきた。

「わっ、また硬くなった……。日吉、気持ちいい? イきそう?」
「っ……ぁ、あッ……」
「……日吉が俺の手でこんなふうになってくれるの、俺ほんとにうれしい……」

 全身が汗を噴いていた。心臓は狂ったように打っていた。体は意思を無視してびくびく跳ね、速い息がたえまなく出ていった。

「ね、もうイきたい? それともまだ気持ちいいの続ける?」
「……」
「だめだよ日吉、ちゃんと言葉で言って?」
「……っ……」

 言葉は淫猥なのに声は幼かった。ねだるみたいな声の後に耳を舐められ、俺はほとんど強制的に白状させられた。鳳はラストスパートをかけるように速く俺の性器をしごきながら、反対の手で俺の右手を握った。五本の指を絡めてぎゅっとされた瞬間、ほとんど耐えがたい感覚が体じゅうを駆けめぐった。性器の根元——正確にはもっと奥にある下腹の深いところが熱を持ち、ドクンと脈打って精液を噴出させた。体の中身を全部持っていかれそうだった。幾度も起こる激しい射精の中で、自分の右手はいつのまにか鳳の手の甲に爪を立てるくらい強く彼を握り返していた。

「……日吉、痛いよ?」
「っ……うッ、あ♡ あぁっ……♡」
「もう、痛いってば……」

 自分でも聞いたことのないような声が出た。全身をめぐった快感は最後に脳を直撃して俺の意識を飛ばしかけた。全神経が収縮してねじれるように体が引きつり、もう快感なのか苦痛なのかも判然としなかった。

「あっ♡ あ、ぁ、……はぁ、っ……」

 深い息が出た。過度の緊張の後の弛緩が始まった。消耗して沈み込む俺の上で、鳳は手をつないだまま幸福そうにほほえんだ。

「……えへへ。日吉がイくとこ見ちゃった」
「……おたがいさまだろ、それは……」
「お、俺はべつに……日吉みたいにかわいくないし。みっともないだけだし……」
「いや、お前のほうがよっぽどかわいいだろ……」
「へっ」

 鳳は驚いたように目を張って頬を赤らめた。恥ずかしいことを口走ってしまった気がするが、頭がぼうっとして熱くてそれどころじゃなかった。

 体を起こして自分の下腹を見ると、宿り木の珠のように白い液がこぼれていた。まだ中途半端に勃ったままの性器も、それを握っている鳳の手も白かった。慌てて枕元に手をのばし、ティッシュペーパーを取り出したけれど、俺が汚れを拭くより鳳が白い珠のひとつを舌でぺろんと舐め取るほうが早かった。

「っ……お前、何やってんだよ!」
「何って……ごめん、嫌だった?」
「いや、そういう問題じゃなくてっ……」
「……じゃ、嫌ではないってこと?」
「それはそうだけど、でも……」

 混乱して言葉が出てこない。鳳は上体をかがめ、俺の腹に広がった精液を回収するみたいに舐め続けた。ぬるい舌が皮膚を這った。俺の混乱はさらに加速した。まだ快感の余韻をとどめている下腹を舐め回されると、一度は落ちついたはずの熱狂が一気にぶりかえしてしまった。

「日吉、量すっごいな」
「……」
「いつもこんなにいっぱい出るのか?」
「……お前、こんなことどこで覚えてきたんだよ……」
「え……うーん、とくにどこで覚えたってわけでもないけど……ただ日吉のこと、気持ちよくしてあげたいと思って。そ、そんなにヘンだった?」
「や、ヘンってわけじゃねーけど……」

 嫌でもヘンでもないけれど、なんだかとんでもなく罰当たりなことをさせてしまっているような気がした。鳳は俺の腹と自分の手に付着していた精液を全部舐め取って飲み込むと、今度は性器に口を近づけてきた。

「ね、イヤじゃないなら……こっちもきれいにしていい?」

 鳳は精液にまみれた性器を握りながら上目で俺を見た。俺はいよいよ混乱が極まってめまいを起こしそうだった。

「い……イヤではないけど、ダメ、だろ」
「だめ?」
「その……なんつーか、俺のためにそこまで無理しなくていい……」
「俺、無理なんてしてないよ。……日吉のためでもないし」
「え?」
「……ただ俺がしてみたいだけ、だから」

 そう言って鳳は舌をのばした。舌先が性器にふれた。濡れたやわらかな舌がそっと亀頭を撫でた。それは遠慮がちで優しい舐め方だったけれど、過敏になった神経にとっては強烈すぎる刺激だった。破壊的な感覚にひるんだ下半身がガクンと振れ、とっさにあとずさりかけたものの、腰に回ってきた鳳の片腕にしっかりと抱き固められて逃げられなかった。

 鳳は小動物がする愛情表現みたいに俺を舐め回したあと、ちゅっと音をたてて先端に吸いついた。尿道に残っていた精液が吸い出されてあふれ、鳳の唇を濡らした。自分の手の甲に噛みついて必死に耐えたけれど、二度三度四度と続けざまに吸われたら悲鳴じみた声がもれてしまうのを抑えられなかった。

「ごめん、痛かった?」

 鳳はまた上目で俺を覗き込んだ。俺はただ無言で首を振ることしかできなかった。

 ——痛いわけがない、こんなこと。むしろ痛みのほうがまだ優しいくらいだ。

「じゃあ、続けてもだいじょうぶ?」
「……」
「……えっと、やめておいたほうがいいかな」
「……やっ、やめなくていい……」
「そう? よかった」

 やっぱりこんなことはしなくていいと強く拒むべきなのに、俺の意思は腹が立つほど正直だった。鳳は「ちょっとこっちに移動して」と言って俺をベッドの端に座らせると、床に下りて俺の脚の間で正座になった。このベッドは背が高いので、鳳の頭は俺のへそくらいの高さになった。

 鳳はひと舐めごとに舌の角度や形を変えながら、半勃ちの性器にまとわりついた白濁液をていねいに舐め取っていった。精液がすっかりなくなっても離れていかず、鳳はひりひりと痛む屹立のあらゆる部分をくまなく舐め回し続けた。ついばむようなキスで表面のあちこちを突っつかれ、猫みたいな舌遣いで亀頭ばかりを集中的に舐められた。腰から下が溶けそうだった。汗と息がどんどん出た。頭はあいかわらずぼうっとしていた。気持ちいいってこと以外何も考えられなくなりそうだった。

「……は……ぁ……」
「日吉、めちゃくちゃ硬くなってる。さっき出したばかりなのに」
「……っるせえ。誰のせいだよ……」
「俺のせい? それ、すっごくうれしいな」

 鳳は言葉通りうれしそうに目を細め、両唇で性器の先端をくわえて顔を左右に軽く揺らした。もどかしい振動に悶えていると今度はやわらかな手のひらが亀頭を覆い、そのまま唇でサオを揉むように甘噛みされた。上から下まで、表も裏も全部。ときどき手のひらで皮を動かされたり、焦らすように太ももや腹を食べられたりもした。自分の股の間に鳳の白い頭があるという視覚的な背徳感だけでもヤバいのに、こんなことをされ続けていたら本当にどうにかなりそうだった。

「……お、鳳……」
「ん?」
「お前さ……こういうこと、まさか経験あるわけじゃないよな」
「えっ」

 鳳は驚いたように顔を上げた。唾液やら体液やらで口元がべたべたになっていた。

「あっ、あるわけないじゃん! 俺まだ中学生だし……っていうか、たとえ何歳だとしてもこんなこと、日吉以外の人とは絶対しないし……」
「あ、いや……そういう意味じゃなくて。ただ……」
「なんだよ」
「……なんか妙にうまいっつーか、慣れてる感じだから」

 鳳は困惑顔のまま赤面し、なにか恥じ入るように唇を噛んだ。

「経験なんてないけど、その……ずっと想像だけはしてたから。こういうふうに舐めたら日吉はどんな反応するのかな、とか」
「……そ、そうかよ」
「でも、やっぱり実際の反応は想像なんかよりずっとかわいいな」
「……」
「……ね。うまいと思ってくれたってことは、気持ちいいってことだよね?」

 俺はどうやら墓穴を掘ったらしい。鳳はまた頭を下げて俺の中心を舐め始めた。丹念に舌を這わせてくるその姿を見ていたら、先日財前が口にしていた言葉が脳裏に浮かんだ。清廉潔白でも中二男子は中二男子、という。

 鳳は性器の根元から中腹までを手のひらでゆっくりとしごきながら、唇にくわえた先端部分を圧迫しては引っぱり、ちゅぽんと水音をたてて放すのを繰り返していた。軽い圧迫と解放の連続。俺の下腹の中では熱い奔流が勢いよく循環した。体に思うように力が入らないのに、足の指先にだけヘンな力がこもってギュッと丸まった。

「日吉、つまさき丸くなってる」
「……だからっ、いちいち実況するんじゃねえ」
「だってかわいいからつい……。ねえ、次はどこ舐めたらいい?」
「どこって……」
「どこでもいいよ?」
「……」

 悪魔的な誘惑は俺の良心や理性を飛ばしてしまった。俺が指先で裏筋を指し示すと、細くすぼめられた鳳の舌先がそこをなぞっていった。舌は感じやすいその一本道を何度か一方通行にスッと舐め上げ、それからしばらく同じ道を上下に往復した。素早く舐めたり、ゆっくりと動いたりした。太ももが震え、腹筋がびくついた。鳳は俺の反応を見て刺激のタイミングや強弱を加減しているのか、俺が上方への刺激に慣れてきたら不意をつくように下方に移動し、さらに下方の感覚がマヒしてきたらまた上に戻るという要領で休む間もなく快感を送り込んできた。

「っ……お前、ほんとに経験ないのかよ……」

 もちろん本気で疑っているわけではないが、それにしても器用すぎると思う。こいつみたいに常に他人の気持ちを優先して生きていると、こんなことも奉仕的行為の一種として上手にこなせてしまうものなんだろうか。

「……俺、そんなにうまくないと思うよ? 日吉がわかりやすいんだよ」
「わ、わかりやすいって……」
「だって日吉、軽く舐めるだけでもびくびくって反応してくれるから……。いちばん弱いの、ここだろ? ちょっと膨らんでる、ここの……」

 鳳は片手で俺の手首をつかむと、また舌を出して俺を舐めた。予告通りいちばん敏感なところを的確にこすられて、猛り続けている体の中心でひときわ激しい電撃が起こった。目の裏に星が飛んだ。耐えきれず逃げようとしたけれど、鳳の手の力は強くてびくともしなかった。そういえばこいつ、トレーニングで握力が以前の倍になったとか言っていたな……と、例の合宿中に聞かされた話が脳裏をよぎる。

 もっとも弱いポイントを執拗にねぶり続けていた舌は、やがて亀頭の裏側の切れ目をえぐるように舐めながら頂点に上がってきた。鳳は先っぽに開いている尿道口を舌先でくすぐり、真っ赤に腫れて先走りの液をまとわせている亀頭に短いキスを繰り返した。いくら好きな相手でも少しくらい生理的な抵抗感があったっておかしくない行為だろうに、鳳は嫌な顔ひとつせず、むしろ愛おしそうなほど穏やかな表情で、甘いキャンディでも舐めるみたいに俺の先端を味わっていた。

「……っ、んっ……♡ ぁ、あのさ……」
「ん、なに?」
「……も、もっと奥まで、とか……できるか?」
「うんっ!」

 と、鳳はなぜか至極うれしそうに即答した。俺は羞恥心で顔も体も熱くなった。でもカリ首のくびれまで口に含まれ、唾液たっぷりの舌で亀頭全体をしゃぶられたら羞恥を感じている余裕もなくなってしまった。鳳の口の中は熱くてやわらかかった。ぬるぬるしているものかと思ったが、どちらかといえば「ふわふわ」という表現が似つかわしそうだ。

「はぁっ……♡」
「……んっ♡ ぅ……」
「……」
「ん……」

 鳳は小さな声をもらしながら俺の性器をしゃぶり、先端から中ほどまでを少しずつ口の中に収めていった。罪悪感が興奮を増し、興奮が罪悪感を増した。せめてもの感謝の表明にと両手で頭を撫でたら、鳳は俺の腿を優しく撫で返してきた。

 口内の粘膜がぺたりと張りついて性器を包み、舌は丸まったり平たくなったりしながら俺を舐め回した。じゅっ、と品のよくない音をたてて吸われるたびに根元が痛むほど脈動し、俺の熱は鳳の口の中で無遠慮にびくついた。全体の七割ほどをくわえこんだ鳳が頭を上下に動かし始めると、体の中身をどっと揺り動かされるような強烈な快楽の波が襲ってきた。

「……っ、う……」

 制御できない力が腰を突き上げた。性器の先端が口蓋を滑って奥へ進んだ瞬間、鳳はくぐもった声を上げてあとずさった。明らかに苦悶の声だった。我に返って下を見ると、鳳は喉に手をあててケホケホと咳き込んでいた。

「わっ、悪い。喉に入ったか」
「ん、だいじょうぶ。……ごめんな。俺も初めてだから、ちゃんとしたやりかたとか分かんなくて」
「いや、そんな。悪いのは俺だろ」
「ほんとにだいじょうぶだよ、痛くはなかったし。……あのさ日吉、自分で動かしたい?」
「え」
「もしかしたらそっちのほうがやりやすいのかなって思って……。好きに動かしていいよ?」
「いや、それは……」

 そんなことをしたら本当にバチが当たるんじゃないかと躊躇した。でも鳳は体勢を立て直し、俺を促すみたいに性器の先端に唇をつけた。ふにゅん、と柔らかい感触。目が回りそうだった。

「……い、痛かったら絶対言えよ」
「うん」
「痛かったら絶対言えよ」
「な、なんで二回言うんだよ」
「痛くなっても遠慮して黙ってそうじゃねーか、お前」
「そんなことないよ、ちゃんと言うから……ほら」

 鳳の唇は誘うように動き、俺の体の末端を熱く濡れた粘膜の中に呑み込んでいった。俺の頭の中では理性と欲望が闘い、当然のように前者が負けた。

 鳳の頭に手をのせる。やわらかな癖っ毛の銀髪を撫でてから、その中に両手を沈める。頭部を左右から挟むように持って、深く入れてしまわないよう慎重に自分の中心へと引き寄せる。

「んっ……」

 鳳は俺の膝につかまり、目を閉じてじっとしていた。その頭を掴んで上下に動かすと、熱さや水分や粘液や舌など、口の中のあらゆるものがからみついてきた。頭を動かす角度も速さもタイミングも自分で調節できるせいで、きわめて的確に快感を得ることもできてしまった。気持ちよさとうしろめたさが同期して指数関数的に増加した。

 幼い頃からの友達で、チームメイトで、今日からはきっとそれ以上の関係で。そういう相手を自分の快楽のための道具みたいに“使って”いる罪悪感で死にそうなのに、そんな一方的な行為さえ受け入れてしまえるくらい彼が自分を好いているという事実がうれしくてしょうがなかった。

「……ほんとに悪い、こんな強引なやり方……」
「ん、んん」

 鳳は俺のものを口に入れられたまま、俺の膝を何度も撫でた。平気だよ、って言うみたいに。

 気づくと俺は腰まで動かしてしまっていた。鳳の頭を引き寄せるのと同時に尻が浮き、性器がやや深めに入る。じゅぷ、と濁った水音が鳴る。鳳が「んっ」と小さな声を上げる。間違ってもさっきみたいに奥までは入れないようにと、頭の片隅に残っている理性らしきものでどうにか気を張りながら、規則的なリズムで何度も突き入れては戻す。考えるでもなく体が勝手に動く。本能によってプログラムされているみたいに、入れては退き入れては退く単純な反復運動の気持ちよさだけに支配されてしまう。

 セックスをするときもこんな感じなんだろうか、という想像が頭をよぎった。男同士のそんな行為、今まで考えたこともなかったのに、その疑問は不思議なくらい自然に脳裏に浮かんできた。腰の奥が燃えるみたいに熱くなった。

「っ……あ、はぁ……♡」
「ん、ぅ」
「はっ……ぁ……鳳、もういい……」
「んっ……」

 俺は性器を引き抜き、鳳の顎を持って顔を上げさせた。手の甲で口元の汚れをぬぐってやると、鳳は嚥下のために喉を上下させた。

「もういいの? まだ出してないじゃん」
「……いい。あとは自分でするから」
「……もしかして、あんまり気持ちよくなかったかな」
「いや、そうじゃなくて……」

 あれが気持ちよくないなら何が気持ちいいんだと思うくらいにはたまらなかった。あのまま口の中で射精したら死ぬほど気持ちよかっただろうとも思ったけれど、俺の最後の人道的良心にかけてそれだけはできなかった。

「……いいからお前、こっち来い」
「え?」

 俺はベッドの端で壁にもたれて座り、投げ出した両脚の間に鳳を手招いた。鳳は遠慮がちな顔で近づいてきた。

「えっと、座っていいの?」
「ん」

 おずおずと腰を下ろした鳳の上体を背後から抱き寄せて、自分の胸にもたれさせる。そのままぎゅっと抱きしめたり頭を撫でたりした。自分よりひとまわりは大きい体なのに、腕の中に収めてしまうと庇護欲さえ湧いた。鳳は緊張気味に固まっていた。こんなのよりずっとすごいことをいろいろ経験したばかりなのに。

「気持ちよくなかった、とかじゃねえから」
「えっ……あぁ、うん」
「……というか正直、死ぬほど気持ちよかった。けど、あれ以上続けてたら……あのまま出そうだったから」
「え、普通にあのまま出せばよかったんじゃないか? 俺はそれで全然よかったけど……」
「お前がよくても俺はよくねーんだよ!」
「そっ、そっか?」

 俺の語気に気圧されたらしき鳳の体が腕の中でびくりと跳ねた。俺はその腋の下に入れた両腕で上体を抱き固めたまま、後ろから鳳の耳に吸いついた。鳳は「あぅ」と弱い声をもらしてまたビクついた。

「日吉、くすぐったい……」

 間近で見てみると、鳳は耳さえ均整のとれた綺麗な形をしていた。赤く染まったそこに舌を這わせたりキスをしたり細い息を吹きかけたりするたびに、鳳はぎこちなく身をよじって切れ切れに喘いだ。右耳を舐めながら左耳の穴に指を入れて掻き回すようにすると、嬌声はいっそう高く細くなった。

「日吉、それやだ、だめ……」
「……『やだ』って、それ言葉通りの意味か?」
「いっ……いやなわけじゃないんだけど。ヘンな声いっぱい出るから恥ずかしい……」
「……」

 そんなふうに正直に白状したら逆効果だって、こいつはわからないんだろうか。俺は“ヘンな声”とやらを聴くためにますます燃えた。音楽的な感性が鋭いと身体的な感度も高くなるものなのか、あるいは身体的な感度が高いからこそ音楽的な感性も鋭いのか、鳳の耳はきわめて敏感であるらしかった。舐めても撫でても噛んでもせつなげな反応が返った。

「はっ……ぁ♡ あっ、ぁ、だめ♡ ほんとにだめだから、っ……」
「だめって声じゃねーだろ、それ」
「だめだよぉ……♡」

 とろけた声に熱い息。快感から逃げるようにもがく体は、でも本気で俺の腕の中から出ていく気はなさそうだった。

「あっ……だめ、だめだってば……♡ うしろからされるの、なんか、すごすぎてこわいから……」
「……だから、そういうの逆効果なんだが」
「えっ、なに……なにそれ?」

 鳳は俺の上体に背を預けながら、シーツを巻き込んでずり落ちるように座高を下げていた。首すじには汗が伝い、腹筋はひくひく痙攣して、まだ触っていないのに性器も乳首もしっかり勃っていた。首の汗を舐め取りながら指先で乳首を撫でると、ひときわ大きな声が上がった。

「あっ♡ やだ、そこっ……♡」

 鳳は左手でシーツを固く握りしめ、右手で自分の口元を覆った。でも息や声は全然抑えられていなかった。俺は両手を使って左右の乳首を同時にさすり、こねまわし、爪の先でひっかいた。さっき俺のことをからかってきたくせに、人のことなんて言えないくらい鳳はひとつひとつの刺激にいちいち身悶えた。

「っ……日吉、つまんじゃだめ、そこ……♡」
「弱すぎんだろ、お前。自分こそ普段から触ってるんじゃねーの?」
「そっ、そうだけどっ……俺は日吉みたいに嘘ついたり、しないもん」
「だ、だから嘘じゃねえって」
「ぜったい嘘だ——あッ♡ だめ、ひっぱるのもだめ……♡」

 鳳の目は濡れ、まぶたのふちからあふれた涙が赤い頬を濡らしていた。ぴくぴくと小刻みに引きつる体の余裕のなさが伝わってくるたびに俺は満たされた。

「……鳳」

 耳のすぐそばで名前を呼ぶと、鳳はぎゅっとまぶたを閉じた。

「お前さ。俺のことが好きって、ようするにエロい意味も込みなんだろ」
「えっ……そ、そうだけど。っていうか今まさにそういうこと、してるわけだし……。なんでいまさら?」
「その、……どっちがやりたいのかと思って」
「どっちって?」
「だから……」

 頭の中で婉曲な表現を探したが、あいにく俺の語彙の中にそんな言葉はない。露骨に聞くしかなかった。

「……挿れるほうか挿れられるほうか、って話だ」
「いっ……」
「よく知らねーけど、男同士にもあるだろ、そういうの」
「……」

 鳳は赤い顔をますます赤くして黙った。返答に悩んでいるのではなく、すでに決まっている答えに躊躇しているような黙り方だった。

「おい、どうなんだよ」
「……日吉、そこでしゃべんないで……」
「あ?」
「日吉の声、そんな近くから耳に入るのヤバい……頭の中ぜんぶ、溶けちゃいそうになるから」
「……じゃ、お前がちゃんと答えたら解放してやる」
「っ……」

 なおも沈黙が続いた。鳳は目をうるませて唇を真一文字に結んでいた。俺はふたたび耳元で催促の言葉を並べながら、頑固なその男の胸の隆起を手のひらで揉み撫でたり、指先で乳首をくにくにと押し回したりした。そうすると鳳はやわくふやけた声で鳴き、乱れた呼吸に胸板を上下させた。それからようやく観念したような顔になり、

「……俺は挿れられるほうがいい……」

 と、蚊の鳴くような小声でつぶやいた。

「……なんだって?」
「ちゃっ、ちゃんと言ったじゃん!」
「そんな小さい声じゃ聞こえねーよ。もう一回言え」
「う……うそだ。ほんとは聞こえてただろ」
「聞こえてない」
「嘘だ! 日吉、嘘ついてる声だよ!」

 俺の腕の中に捕らえられたまま、鳳は珍しく激昂気味に声を張り上げた。意地になればなるほど俺を煽ってしまうんだって、やっぱりわかっていないのだ。

「……じゃ、嘘ってことでいいからもう一回言え」
「なっ……なんだよ、それ」
「言えよ」

 また耳元で詰め寄ると、鳳は肩を震わせて弱々しい息を吐き出した。表情は悩ましげにゆがめられ、首筋の皮膚は粟立っていた。

「……い、挿れられるほうがいい。俺、日吉に……」
「俺に?」

 鳳はうつむき、両手で自分の顔を覆った。

「……日吉に、抱かれたい」
「……へぇ」
「ごめん、こんなこと考えてて……」
「なんで謝るんだよ」
「だって気持ち悪いかなって……。俺みたいにでかい男から、こんなふうに思われるの」
「だから気持ち悪くねえよ。さっきさんざん怒られたの、もう忘れたか?」

 鳳は顔を隠したままびくりと身をすくめた。こいつの場合、でかいのは本当に図体だけだ。

「一応聞いておくけどさ。挿れられるほうがいいって、俺に気を使ってそう言ってるわけじゃないだろうな?」
「……ちがうよ、そんなんじゃない。ただ俺が、……俺自身が、日吉にそういうことされたいって願っちゃってて……」

 大きな両手でも隠しきれていないくらい顔が赤かった。膝を立てて座っている鳳の脚の間で、性器はさっきより充血していた。

 図体だけでもでかい男には、たしかに似つかわしくない欲望なのかもしれない。だけど気弱で遠慮がちな鳳が俺に対して抱くそのはしたない夢が、俺はどうしようもなくかわいく愛おしくなってしまった。

 鳳はまだ俺の腕の中で固まっていた。俺はその体をぐるんと転がし、シーツの上にうつぶせに寝かせてやった。

——ど、どしたの日吉」

 驚いた様子でこちらを見上げようとしてくる鳳の背中にのしかかり、左腕で頭部を抱きとめる。右手で腿や臀部を撫で回したら、腰のあたりがもどかしげにもじもじと揺れた。すべすべした尻の肉のあいだに中指を差し入れると、鳳は悲鳴のような声を上げて背中をこわばらせた。

「ひっ、日吉、そこ……」
「お前、こっちは自分で触ったりしねーの?」
「え……」
「俺に挿れられたいって妄想してんだろ? いつも」
「……」

 鳳は気まずげに口をつぐみ、両腕で抱きしめた枕に顔を伏せた。その反応こそが答えみたいなものだった。

「べつに恥ずかしがらなくてもいいだろ、いまさら」
「……日吉だって、乳首さわってること恥ずかしがったじゃん」
「お、俺はほんとに触ってねえんだよ」
「うそつき……」

 俺の中指を挟む脂肪は、やわらかいけれど緊張の力を溜めていた。そのこわばりをほぐすように、ゆっくりと指を沈めていく。指先を曲げて奥を掻いたら、穴の入り口らしき感触にぶつかった。

「あっ……♡」

 鳳は枕に突っ伏したまま喘いだ。さっきまでよりも艶のかかった、悩ましげな声だった。窄まりの表面を指先でそっと撫でてみると、泣き声みたいなその声はいっそううわずって揺れた。力を入れてしまわないように注意しながら、俺はそこを指先で何度も優しく撫でた。鳳は苦しさと甘さの混じった声で鳴きながら上体を淫らに波打たせ、俺の心臓は言い知れない激情で早鐘を打った。

「んっ……ぁ、ん……ぅ♡」
「……い、痛くないか」

 鳳は無言でこくこくとうなずいた。広い背中がぴくん、ぴくんと引きつれていた。

「おい、ちょっと力抜けよ。……もし嫌なんだったら、これ以上はしないし」
「……いやじゃないよ。っていうか、日吉こそいやじゃないのか?」
「嫌じゃねえって……ほんとに何回言わせるんだ。また怒るぞ」
「ご、ごめん」

 と言って、鳳はひとつ深呼吸をした。吸い込んだ息で上体が広がり、吐く息と一緒に緊張もいくらか抜けたようだった。

「いやじゃないなら、その、……もっとして?」

 自分の尻たぶを片手でわずかに押し拡げながら、鳳はそう言った。仕上げに粉砂糖を少々——みたいに、それは鳳本来の味に微量だけ媚びをふりかけたようなしぐさだった。

 紳士ぶって優しいフリをするのも、本当はもう辛い。

「……痛かったら言えよ」
「ん、わかってる……っん、ぅ……♡」

 俺はまだ顔を伏せたままでいる鳳の背中にくちづけながら、中指をさらに動かした。表面を軽く掃くだけの動きから、窄まりの中心を指先で突くような、ぐいっと押し込むような刺激に変えてみる。

「ひ、ぁ……♡ あ……あぁ……♡」
「……お前、ここ感じるのか?」
「んっ……ん、よくわかんない……。まだちょっとしか触ったことないし……」
「ふうん」

 それにしては反応がいいなと思いながら、俺は突き立てる指の力を段階的に強めていった。入り口は存外やわらかく、俺の指先はときどき深く食い込んでしまいそうになった。枕にうずめられた鳳の鼻先で、絶えだえの吐息がかすれた音をたてていた。

「……っ、でも、なんか体がぞわぞわして……。それに」
「それに?」
「……日吉の指にされてるって思うだけで、めちゃくちゃ気持ちいい……」

 鳳は枕から顔をずらし、陶酔感たっぷりにほほえんだ。だけど眉間にできたシワや頬に流れる涙は、快楽だけでなく苦痛をも物語っていた。

「……お前、やっぱり痛いんじゃねーか。ちゃんと言えって言っただろ」
「えっ、痛くないよ。なんか、ズンッて奥に響いてくる感じはするけど……それより気持ちよさのほうがずっと大きいし」
「ほんとかよ」
「ほんとだよ。……だから、続きしてほしい……。だめ?」

 鳳は甘えるように語尾を上げた。幼い頃から何度聞かされたかわからない、自覚なく他人を酔わせるようなふぬけさせるような声音だった。

「続きって、……指、いれていいのかよ」
「うん……。あ、でも」

 鳳はふいに寝返りを打ち、うつぶせからあおむけに姿勢を変えた。

「こっち向きでもいいか? 日吉の顔が見えないままだと、さすがにちょっと怖いかも」
「ん、わかった。……脚、上げられるか」
「ん……。……ちょっとみっともなくて恥ずかしいな、この格好」
「……みっともなくない。恥ずかしくもない」
「……」

 枕の横に投げ出された鳳の右手がかすかに震えていた。俺は左手でその手を握り、右手をまた鳳の下半身に移動させた。

「……中、いれるぞ」

 濡れた目を覗き込んで言うと、鳳は唇をぱくぱく開閉させ——でも声はうまく出せなかったらしい——俺の左手を握りながら、無言でうなずいた。

 手探りで角度を調整して中指を突き立てる。ほんの浅くだけ、中に入る。内側に呑み込まれた瞬間、ぎゅっと締めつけるような圧迫感が指先を包んだ。

「ゃ……ぅんっ、う……」

 固めの吐息がもれて、鳳のなかは俺の指先をきゅうきゅうと吸い上げた。手首ごと指を回転させると、奥が収縮して俺の指を引き込もうとするのがわかった。

「っ……♡ ぅ、あぁ……」
「……痛くないか?」
「ん、っ♡ ……痛くない。うれしい……」
「うれしい、って」
「だって……日吉の体が俺の中にあるの、すっごい幸せ」

 鳳は花がほころぶみたいに笑い、その笑顔を見たら俺は頭がのぼせてきた。しばらく休んで落ちついていたはずの性器がまた一気に燃え立つのを感じた。ひといきに奥まで突き入れてしまいたい衝動をぐっとこらえ、まだ固い入り口を馴らすように指先を浅くいれて、ぬいて、いれて、ぬいた。狭いその道の浅瀬で俺の指が出たり入ったりするたびに、鳳はほとんど悶絶の反応をみせた。

「はッ、あ♡ ぁ……日吉、きもちいい……♡」
「……もっと奥、いれていいか」
「ん……いいよ。もっといれて」

 俺はどきどきしながら中指を奥に進めていった。傷つけてしまったらどうしようと不安になり、額に脂汗がわいて、心臓はばくばく鳴っていた。のんきに気持ちよくなっている鳳より俺のほうが緊張しているんじゃないかって思ってしまうくらいだった。でも深く入るにつれて鳳の表情には緊張が増し、吐息も苦しげに詰まっていった。

「おい……やっぱり痛いんだろ、お前」
「え、えっと……痛いけど、でもちょっとだけだよ。今、どのくらい入ってる?」
「たぶん第二関節あたりだが……」
「そっか。日吉の指、長いもんな」
「……お前のほうが長いだろ」
「今はそうだけど……」

 これ以上奥に行くのは怖かったから、俺は浅いところで内壁をあやすように指を往復させた。指先が抜けるまでは引かず、第二関節より先は入れない。その動きをゆっくりと繰り返した。荒く乱れていた鳳の息は、俺の指のリズムに合わせて少しずつ一定に整っていった。

「あっ、ぁ……♡ ね、ひよし、」
「ん?」
「このままキス、してほしい……」
「ん……」

 せがまれるまま唇を寄せて、誘われるまま舌を絡めた。キスをしながら指を動かすと、鳳のなかはひくひくとうごめいて俺の指を締めたり放したりした。鳳の片腕は俺の肩に回り、こっちもやっぱり俺の体を抱きしめたり解放したりせわしなく動いた。

「ん……んっ♡」
「……♡ はっ……」
「ふぁ♡ あぅ、ん……♡」
「……お前さ、よく俺にあんなこと言えたよな」
「へっ……な、なんのこと?」
「お前のほうがよっぽど“女みたいに”よがってるじゃねーか、って話だ」
「え……」

 直線的な前後運動を続けていた中指の動きを止めて、鳳のなかで指先を曲げてみる。腹側の内壁を持ち上げるように指を動かすと、鳳は背筋を弓なりにのけぞらせてビクビク跳ねた。

「あッ♡ あぁ♡ だめ……っ♡」

 かわいいとか女の子みたいだとか言ってさんざん人のことを辱めてきたくせに、いざ自分がされる側に回ったらコレだ。男のくせに男に抱かれたがって、男のくせにあまったるい声であられもなく喘いで、男のくせに男に指をいれられて感じまくって——で、俺は“男のくせに”その全部を純粋にかわいいと感じてしまっている。もう後戻りなんてできそうになかった。

「ひよし、そこだめ、やだぁ……」
「痛かったか?」
「痛……くはないけど、ヘンな感じする……」
「ヘンって?」
「なんか……おなかの奥に響くっていうか、内臓おされる感じっていうか……」
「……」

 鳳は不安げな顔をしていた。さっきの反応だとむしろ悦んでいるようにも見えたけれど、あまり触らないほうがいい場所なんだろうか。もし身体に害でもあったらいけないが、もっと反応を見たいという気持ちにも抗えなかった。あいにくこんなことの知識は持ち合わせていないから、考えても正解は出なかった。

「……じゃあ、もうやめておいたほうがいいか。今の」
「んっと……」

 ためらいがちに数回まばたきをしてから、鳳は続けた。

「……た、ためしにもう一回だけ。さっきより弱く……してくれる?」
「あ、ああ……わかった。いくぞ」

 さっきと同じ動きで、さっきよりゆっくりと指を曲げる。指先で探ってみた内壁の中に、周囲とは感触の違う一帯があるような気がした。そこをそっと押し込むと、鳳はおびえるように身をすくませて俺の肩にすがりついた。

「……っ……う、あぁ……♡」

 声には艶が乗り、吐息は熱かった。やっぱり快感の反応のように見えて、俺は二度三度とくりかえし同じところを指先で叩いた。

「あっ♡ や、ぁん……っ♡」
「……その反応、気持ちいいってことでいいんだよな?」
「わっ、わかんない、けどっ……なんか怖い、どうにかなりそう……」

 はぁはぁと息を荒げながら、鳳は胸を突き上げるように上体をうねらせた。ピンと立った乳首が目の前に見えて、俺は思わずそこに唇を寄せていた。

「……っ♡ 日吉、俺の話きいてない……っ、あ♡ も、だめだってばぁ……」

 中指で同じ場所をぐりぐりと押し揺らしながら、乳首に舌を絡ませる。さっき鳳にやられた甘い拷問を倍にして——いや十倍にして返すつもりで、ナカを突いたままその桃色の突起を右も左も遠慮なくいじめ倒してやった。ものの数分もしないうちに鳳は息を切らして半泣きになり、声は声とも呼べないくらいに嗄れて、俺の左手は鳳の中学生離れした握力に握りつぶされて骨が折れるんじゃないかと思うくらいの目に遭った。

「やッ、あっ…………あぁっ、あ、ひよし、ぃ♡」

 悲鳴じみた声を上げた鳳の体が跳ねて、下腹部をびくん、びくんと痙攣させた。俺は指を止めず、せわしなく収縮する内壁を突き続けた。鳳は俺の左手を放し、両腕で俺の肩にしがみついてイった。

「……っ♡ はっ、ぁ……♡」

 絶頂の瞬間の甘い声が耳のすぐそばで聞こえて、俺の体の芯を焼いた。鳳の体はひとしきり不規則に波打ったあと、だらりとゆるんでベッドに沈んだ。鳳の性器は勃ったままで、射精の痕跡も見当たらなかった。膝を立てられた白い両脚のあいだで、指を抜かれたばかりの穴はひくひくと息をつきながら閉じていくところだった。

「……」

 ごくりと喉が鳴った。頭の中にさっきまでの鳳の嬌声が反響した。全身に汗をかいて深い呼吸に身を預け、とろんとした顔で快感の余韻にびくつくその男の姿は正気を飛ばしそうなほどにかわいかったから、俺は本当に正気を飛ばされてしまったのかもしれない。

 俺は鳳の両脚を割って間に入り、薄紅色の小さな窄まりに自分の性器の先をくっつけた。そこは俺の先端にぺたっと吸いつくみたいに甘くふれてきた。鳳は目をみはり、驚いたように俺を見た。

「……ひ、日吉」

 声はかすかに震えていた。声だけじゃなく、俺の手につかまれた腿も、俺の性器を押しつけられているところも。怖がらせてしまうとわかっているのに、俺はもう本心しか口にできなかった。

「くそ、挿れてえ……」
「……い、」

 鳳は短く声を発するだけで言葉を呑んだ。それから、ひとつ呼吸をする気配。

「……いれてもいいよ?」
「いっ……」

 今度は俺のほうが絶句しなければならなかった。鳳はくすぐったそうに頬を染め、手をのばして俺の性器を持つと、まるで自分のなかに誘導するみたいにそれを引き寄せた。俺が少し腰を進めれば本当に入ってしまいそうだった。

「……っ!」

 俺の体は背後に飛びのいて鳳から距離を取った。理性だか良心だかの残滓がかろうじて生きていたらしかった。

「……いっ、いいわけねーだろ!」
「えっ」
「お前、いくらお人よしだからって簡単に受け入れていいことと悪いことがあるぞ。そんなに軽々しく自分を犠牲にするな!」
「え、えぇ~……? 犠牲なんかじゃないし、軽々しくもないし……。っていうか日吉自身が先に言ったことなのに、なんで俺が怒られるんだよ?」
「本気でしようと思って言ったわけじゃねえよ! 普通わかるだろ、それくらい」
「な、なんで? 普通にわかんないんだけど……」

 鳳は本当にピンときていないらしく、不可解げな顔で上体を起こした。

「なんでも何も……そんなに気軽に越えていい一線じゃないだろ、これは」
「それはそうだけど……。でも日吉がしたいと思ってくれてて、俺だって同じ気持ちなんだから、俺たちの場合は問題ないんじゃないか?」
「いや気持ちの問題じゃなくてだな……。俺たちまだ中学生で、万が一なにかあったとき自分で責任も取れないし……それに、いろいろ準備が必要なこともあるだろうし」
「そうなのか?」
「や、具体的には俺もよく知らねーけど……よく知らないからこそ、よく知らないままやっていいようなことじゃないだろ」
「そ、そっか。わかった」

 鳳は納得したようなしていないような顔でうなずいた。頭の中の感情を一気に吐き出したせいか、俺の肺からは疲労のため息が出ていった。

「……でも俺、ほんとに軽い気持ちで言ったわけじゃないよ」

 そう続けて、鳳は片手で俺の髪にふれた。

「日吉が俺に対して、そういうことをしたいって望んでくれるのがうれしくて。日吉は相手が俺でもいいんだって思ったら、今すぐ全部……日吉がくれるもの全部、欲しくなっちゃって」
「……いつまでも片思い気分でいるんじゃねえよ」
「え」

 鳳は目をまるくして俺を見た。

「俺だって、お前“でも”いいんじゃなくて、お前“が”いいんだ」
「日吉……」

 鳳は満面の笑みを浮かべて俺の名前を呼んだ。きょう見た中でもいちばん屈託がなくて、いちばん純粋な笑顔だった。鳳はその顔のまま俺を抱き寄せて背後に倒れ込んだ。体を重ねると、お互いに勃起したままのもの同士がぶつかった。ひと悶着あったのに俺も鳳も全然萎えていなかった。

「そうだな。もう片思いじゃないって思わないと、日吉の気持ちにも失礼だよな」
「……ああ。俺はこんなこと、本気で好きでもない相手とするような人間じゃない」
「ん、知ってる……」

 抱き合ったまま性器をこすりつけると、鳳はしばらく俺と同じように腰を動かしたあと、体を横に傾けて太ももで俺の性器を挟み込んだ。上から体重をかけ、ぎゅっと締められたなめらかな腿の間で性器を抜き差しすると、擬似的なセックスみたいでひどく興奮した。鳳はまぶたを半分伏せ、濡れた唇で自分の指をくわえながらふうふうと息をついていた。

「はぁ……♡ 日吉の、かたくてあったかくて気持ちいい……」
「……俺も、すげー気持ちいい」
「んっ……♡ ね、俺ってさ、今日からは日吉の恋人?」
「は? あたりまえだろ」
「そっか。うれしいな……」
「……恋人でチームメイトでライバルで友達、だからな。全部忘れんなよ」
「ふふ。日吉、よくばりだな」
「だって選べないだろ、どれかひとつだけなんて」
「ん、ぅん……♡」

 俺が腰を突き込むたびにベッドがきしみ、眼下で鳳の体が揺れた。鳳ははじめシーツを握りしめて快感に耐えていたが、途中から枕を抱きかかえてそこに顔を押しつけ始めた。抱き枕にしがみついて寝る幼児みたいな体勢と、枕がやけに小さく見えるほどの体の大きさがアンバランスだった。ボリュームのある腿に性器を挟まれると圧迫感が凄く、本当に挿れているみたいに錯覚した。動きを安定させるために鳳の腰をぐっと掴み、自分の腰を叩きつけるようなひと突きを入れるごとに征服的な愉悦が俺を侵食した。腰同士がぶつかってぱちん、ぱちん、と音をたてていた。頭がヘンになりそうだった。

「ふっ、ぁ……日吉、そこやばい、きもちいい……」
「そこって?」
「その……。……あ、穴の上のあたり……」
「……このへんか?」

 会陰のあたりを性器でこするように何往復か動いてみる。と、どうやら“正解”だったらしい——鳳は体を丸めて枕を破裂させんばかりの力で抱きしめた。俺は同じ動きを繰り返した。俺の動きによって強引に揺さぶられるその体のまんなかで、赤く腫れた性器の先っぽから透明な液がだらだら垂れていた。

「……ッ♡ あ♡ あっ……」
「ハッ……お前、すでに短時間で二回もイってるくせに……まだそんなかよ」
「だ、って……♡ 日吉のせいだろ、ぜんぶっ……」
「俺が何したって?」
「……日吉が俺のこと、なかもそとも全部ぐちゃぐちゃにするから、俺、こんな……」

 言葉はそこで消えてせつなげな吐息に変わった。鳳が左右の太ももを擦り合わせながら身をよじると、会陰を突いていた性器は的を外し、その下でひくついている小さな穴に刺さりかけた。うっすら赤く色づいた襞の中心を亀頭がえぐり、裏筋がずるんと強く擦り上げた。

「あっ……」

 ふたりぶんの声が重なった。強烈な快感とともに視界がぐらっと揺れて、気づいたら俺はふたたびそこに自分の熱を押しつけていた。限界まで硬くなったサオの全体で上下にこすり、穴のまわりをぐいぐい押した。さっき先端を少しだけくっつけたときとは比べ物にならないほどの気持ちよさが押し寄せてきた。

 片手で尻たぶを押し拡げると、そこは俺の性器から分泌された活液で濡れていた。鳳は枕に顔をうずめ、声を殺して速い息ばかりを出していた。さっきまでずっと聞こえていたあまったるい声は消え、それがかえって本気の切迫を物語っているようだった。

「……日吉……」

 と、鳳は切れ切れの呼吸の中で小さく俺を呼んだ。

「だめだよ日吉、こんなことされたら、俺……ほんとに挿れてほしくなっちゃう、から」

 止められているのかねだられているのかわからない。制止にも催促にも聞こえる声だった。濡れてぐちゃぐちゃになった窄まりに亀頭を叩きつけると、ぺちゃぺちゃと粘性の水音がたち、俺と鳳のあいだで透明の粘液が糸を引いた。そこは俺からの打撃に反応してひくん、ひくんと動物的な収縮を繰り返した。体じゅうの血液がいっせいに沸き立つような錯乱的な熱情が俺を襲っていた。

「っ……だめ、俺もう……」

 鳳は枕から顔を上げてぐしゃぐしゃの涙目で俺を見た。目元も頬も上気して赤かった。俺はぐっと目を閉じた。歯を食いしばった。精神統一のための呼吸をしてから目を開け、シワだらけになったシーツの上で背後に退いた。

「……悪い。やっぱりまだ四年早いな」
「よ、四年?」
「せめて十八になって成人して、高校も卒業したら、そのときは……」
「えっ……」

 鳳はピクリと眉を上げ、物欲しそうな目でこちらをうかがった。

「四年って……俺そんなに我慢できる自信ないよ。せめて義務教育が終わったら、とかにしない?」
「義務教育を終えたって、未成年であることには変わりないだろ」
「でも俺、体だけはでかいし、鍛えてて結構丈夫だしさ。そんなに慎重にならなくても大丈夫だと思うけど……」
「たとえ身長や体重が大人並みでも、成長期のうちは内臓が未完成で大人よりずっともろいんだよ。だから無理な力を加えると簡単にケガをしかねないって、保健体育の授業でも習っただろ」
「……日吉、お堅い」

 鳳はなかば呆れるようにため息をついた。四年なんて俺にとっても気が遠くなるほど長い時間だけど、万が一の事故のせいでその先一生後悔し続けて生きることになるよりはずっといい。冷静に慎重に事を運べば問題ないのかもしれないけれど、いざその行為まで至ったときに今の自分が冷静さや慎重さを保てる自信はなかった。

「……傷つけたくないんだよ、お前のこと」

 こいつの顔が曇ることに自分は耐えられないって、俺はこの二日間で痛感したのだ。

「俺、きっと傷ついたりしないけど、でも……」
「なんだよ」
「つまり日吉、四年後まで一緒にいてくれるつもりなんだな。うれしい……」

 そう言って鳳ははにかんだ。褒められて照れたこどもみたいな笑い方だった。俺の手は鳳の腕の中から枕を奪い取り、鳳の体をシーツに押さえつけていた。何も考えずに投げ捨ててしまった枕が床に落ちる音が聞こえたとき、やっぱり今の自分には冷静も慎重も無理だと悟った。

「四年後まで、じゃねえ。その先だって離してやる気はないからな」
「……っ、うんっ……」

 鳳は目を潤ませて俺の背を引き寄せ、どちらからともなく唇と唇がくっついた。ひとしきりキスをしてから、俺はまた指先で鳳のなかに入った。そこはさっきよりも熱くなっていて、俺の中指をぎゅうぎゅう食い締めた。右手でナカを揺らしながら左手で性器を握ると、鳳は両方からの刺激に身悶えた。

「っ、あ、だめ♡ ……っ♡」

 声にならない悲鳴みたいな呼気がいくつも上がった。強すぎる快感から逃げるようにじたばたともがく鳳の内部は、本人の意思に反して俺の指による愛撫を怖いくらい無防備に貪欲に吸い続けた。内壁を押し上げると連動するように性器がビクビク跳ね、性器をしごきたてればナカが締まった。何回も、何十回もその繰り返し。鳳はもう完全に泣きじゃくっていて、でも痛みや悲しみによる涙ではないことが一目瞭然な恍惚の表情をしていた。

 幸福による涙。快楽による震え。ぜんぶ俺のために——俺への気持ちのために。そう思った瞬間、体の中身がすべて真ん中に集中し、そこから折り返して物凄い勢いで外側に打ち寄せた。爆発する感情のせいで皮膚が内側から張り裂けそうだった。

「……鳳。きのうのこと、あらためて謝る」
「はぇ、っ……なっ、なんのこと……」
「気持ち悪い、とか言ったことだ。俺は今まで、一度だってお前に対してそんなふうに思ったことはなかったのに……」
「んっ……ぅん、わかってる……」
「俺もずっと好きだったんだ。でもたぶん心の奥で『男なのに』って思って認められなくて……それをお前の目に暴かれたみたいでパニックになって、それで」
「っ……わ、わかったから……俺もう気にしてないから!」

 俺が一語発するたびに鳳のなかは歓喜で震えた。それが愛おしかった。俺は中指を動かしたまま、混乱で目を白黒させている鳳の耳に唇を押しつけて話した。いちばん近いところから聞かせたかった。

「気持ち悪いなんて思うわけない、こんなに好きなヤツのこと」
「……だっ、だからそこでしゃべるなって!」
「ほんとは全部かわいい。アホみたいにお人よしなところも、バカみたいに純真なところも、冗談みたいに綺麗なところも全部、かわいい……」
「……日吉っ、なんでよりによって今そんなこと言うんだよ!? やめてよ、俺ほんとにダメになっちゃうじゃん……っ!」

 鳳はしゃくりあげるように言って俺の体を押し返した。だけどうまく力が入らなかったのか、ふにゃふにゃした手つきは何の抵抗にもなっていなかった。

「はぁ♡っ……あ、ひよし、もうだめ、もういく……っ」
「ん……」
「……あッ……っ♡ っ♡ あ、あぁ……♡」

 ギッと音が鳴ってベッドが揺れた。俺の中指は食いちぎられそうなほどキツく締められた。全力の拳で握りしめられているみたいに。激しい収縮は一回ごとにその力をゆるめ、鳳の体も徐々に弛緩していった。せわしなく上下する白い腹に垂れた精液は、二回目とは思えないほどの量だった。

「……ほんとに死ぬかと思った……」

 鳳は深い息を吐きながら、かすれきった声でつぶやいた。

「……日吉、ゆび……」
「ああ……悪い」
「え、……っあ、……」

 まだ中にうずめたままだった中指を抜く。と、鳳はやや自嘲っぽい笑顔をみせた。

「……まだ抜かないでほしい、って言おうとしたんだけど。ちょっとぜいたくだったな」
「……え」
「ね……それ、日吉もまだ出したいよね?」
「え」

 困惑しているうちに背後へ押し倒され、たちまち体勢を逆転された。真っ赤な顔をした鳳はまだ落ちついていない呼吸に肩を上下させたまま、俺の前髪を上げて額にくちづけ、腹筋の山をひとつずつ舐めながら下半身に移動し、性器のあちこちを吸って回った。手のひらで亀頭を撫でられ、そのまま陰嚢を優しく揉むように舐め回されると、体ごと湯煎にかけられてとろとろに溶かされるみたいだった。

「ここ、またさっきみたいにしてもいい?」
「……」
「……日吉が『ダメ』って言わないの、『してもいい』ってことだよな」
「いや、違っ……」

 好きな男の痴態を間近で見続けた直後だ。俺の内心はもはや「してもいい」どころか「してほしい」に傾ききっていたけれど、もちろんそんなことは口に出せなかった。鳳は両手で屹立の根元をしごきながらそれを遠慮なく舐めしゃぶり、しばらくお預けをくらっていた俺はあっというまに限界の手前まで連れていかれた。強烈な吐精感が押し寄せ、慌てて体を引こうとしたけれど、さっきと同じように腰を抱き固められて身動きが取れなかった。

「っ……鳳、もう出るから、放せ」
「ん、ぅん」
「うん、じゃねーよ。放せって!」
「……」
「おい、本気で怒るぞ……っ、あッ……」
「ん……」

 腹の奥から物凄い勢いで突き上げてくる衝動。必死で耐えようとしたけれど、荒れ狂う奔流は俺をあっけなく押し流した。体に溜まっていた緊張が全部弾ける。解放感に促されて精液がビュッと飛び出していく。

 鳳は俺の性器をしっかりとくわえこんだままだった。俺は最大級の快感と最大級の罪悪感を同時に味わい、前者の波が引くにつれ後者は二倍三倍四倍と急速に膨れ上がった。射精が終わると鳳はようやく俺を解放し、片手で口元を押さえながら口の中のものをごくんと飲み込んだ。一度では飲みきれなかったらしく、口の端から精液がもれて唇を汚していた。俺の罪悪感は一気に百倍くらいに増大した。

「……んっ……。……これ、ちょっと甘いんだな。意外」
「……」
「日吉、だいじょうぶ?」
「……」
「日吉?」

 精神的な疲弊と身体的な脱力感が全身を包んで、うまく声が出なかった。こっちを覗き込んできた鳳の顔は場違いなまでに穏やかで、俺の虚脱感に拍車をかけた。

「……今の、次にやったら絶対一生本気で許さないからな」
「えっ……気持ちよくなかった?」
「そういう問題じゃねーよ!」

 死ぬほど気持ちよかった。だからこそ中学生のうちからこんなことを覚えてしまってはダメなのだという理屈を、はたしてこいつは理解するだろうか。

 放心状態で寝転がっていると、やがて鳳も毛布を持って隣に寝そべった。二人で分け合ったその毛布の中で、鳳はぬくい体をすりよせてきた。

「さすがに疲れたね。ちょっと休もっか」
「ああ……」
「このベッドで日吉と寝てると、あのときのこと思い出すなぁ……」
「……天気がひどくて泊めてもらった日のことか?」

 聞き返すと、鳳は「そうそう!」と声を弾ませた。

「あのときはびっくりしたな。うとうとしてたら突然日吉に起こされて、いっしょに寝たいって言われたんだもん」
「……は?」

 俺は耳を疑った。俺の中には残っていない記憶だった。

「そんなこと言ってないぞ、俺は」
「えっ、言ったよ。最初はお客さん用の布団で寝てたのに、『寒いから俺もこっちで寝る』ってベッドに上がってきて……布団の中で俺にくっついてきてさ。だから俺、どきどきしちゃってなかなか寝つけなかったもん」
「いや……嘘だ。くっついてきたのはお前のほうだろ」
「えぇ? そりゃあ寝てるあいだに俺のほうからも近づいたりはしたかもしれないけど……先にこっちに来たのは日吉だよ」

 鳳はきっぱりと言い切った。てっきりこいつが俺に甘えてきたものだと思っていたのに、実際は逆だったらしい。数年越しの真相に動揺する俺の横で、鳳は言葉を続けた。

「もしかしたら日吉、あのとき寝ぼけてたのかもな。だからおぼえてないんじゃないか? で、夜中に目がさめたらいきなり横に俺がいたから、俺のほうからくっついてきたって勘違いしたとか」

 もっともらしい推理を述べながら、鳳は俺の片手を取って自分の頬にあてた。その推理が正解なのかどうかはわからなかったけれど、手のひらに伝わってくる頬のやわらかさと温かさを感じていたら正解とかはどうでもよくなってしまった。

「日吉の手、冷たいね」
「お前が熱いんだろ」

 何が正解でもそうでなくても、あのときの俺はこのベッドの中で分け与えられる体温を心地よく感じていた。それは確かな記憶で、確かな過去で、きっとこの先の未来でも変わらない。

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